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【四位洋文調教師(2)】「馬のために、真似っこしてほしいくらい!」ウオッカでも使ったこだわりのハミ

  • 2021年06月21日(月) 18時02分
四位厩舎特集

▲「真似っこしてほしいくらい!」四位厩舎こだわりの馬具を紹介 (撮影:山中博喜)


ダービー連覇を果たした名手であり、卓越した騎乗技術で多くのホースマンのリスペクトを集めてきた四位洋文騎手が引退して、早1年以上が経ちました。今の肩書は新人の“調教師”。今年の3月に開業し、騎乗する後輩騎手たちに程よい緊張感を与えながら(笑)、順調に勝ち星を重ねています。

馬から降りた名手の“競馬”へのこだわりは、新たな形で「馬作り」「人作り」「厩舎作り」に着々と活かされています。四位調教師がどんな“我が城”を築いているのか知りたい! 企業秘密であるのは重々承知の上、netkeibaでは1か月にわたる“四位厩舎特集”として、その秘密に迫ります。

※取材=不破由妃子(四位調教師)大恵陽子(今泉氏、村瀬氏)、構成=不破由妃子


四位厩舎の担当馬「乗り役の頃にビックリして…」


──前編に続き、四位調教師ならではのこだわりに迫っていきたいのですが、各スタッフに対して、担当馬はきっちり決めるスタイルですか?

四位 とりあえずの担当は決めます。ただ、スタッフには「“俺の馬”と思わないように!」とは言っています。「その馬はあなたの馬ではありません。馬主さんの馬です!」と(笑)。レースでいただける進上金も担当者に全部というわけではなく、歩合制にしてみんなで分けるシステムを採っています。

──プール制というシステムですね。そのシステムを採用している厩舎はほかにもありますが、四位厩舎の場合、どういった狙いから?

四位 これからの時代は、少子化で働き手が少なくなっていく可能性があるので、担当制にこだわると、厩舎としての作業効率が悪くなると思ったんです。だから、手が空いた人は手伝うとか、みんなで協力するスタイルにしたかった。いろんな人が触ったほうが、馬のためにもいいでしょ? みんなでよく働き、よく笑い、よく稼ぐ! みたいな感じです。

四位厩舎特集

▲「いろんな人が触ったほうが、馬のためにもいいでしょ?」 (撮影:山中博喜)


──1頭の馬を観察する目は、多ければ多いほどいいですもんね。自分の厩舎の馬であっても、担当馬以外は全然知らないというケースも多いと聞きますから。

四位 それについては、乗り役の頃にビックリしたことがあるんです。初めて乗る馬だったので、厩務員さんに「この馬、どういう癖がありますか?」と聞いたら、「俺の担当馬じゃないからわからない」って言われてね。本当にビックリした。だいぶ若い頃の話ですけど、そのときに「自分が厩舎を持ったら、こういうことはないようにしよう」と思いました。

 厩舎によっていろいろなスタイルがあっていいと思いますが、少なくとも四位厩舎では、1頭1頭の情報を共有することはもちろん、「担当馬じゃないからわからない」は絶対にダメだと思っています。

 スタッフには、曳き運動やブラッシングといった手入れをする際、誰が触っても扱いやすい馬になるような教育を指示しています。それに、普段から1頭の馬に多くの人が携わっていれば、その馬の担当者が下手な仕事をしていた場合、すぐにバレますから。そこはもう、やるしかないでしょ! ということで(笑)。

四位厩舎の飼い葉「アスリートであることを考えたカロリーや栄養価」


──飼い葉についてはどうですか? ここも調教師のこだわりが反映されるポイントですよね。

四位 試験に受かったあと、藤沢和雄厩舎や関西のいろいろな厩舎の飼料を見せていただいて、すぐに知り合いの飼料会社の方に相談して勉強しましたよ。

 競走馬の食事は、粗飼料(青草や干し草)と濃厚飼料(麦類や大豆粕など)と配合飼料の3つで成り立っていて、各厩舎がオリジナルで配合するのが配合飼料。競走馬はアスリートなので、カロリーや栄養価など考えることがたくさんあって、そのなかででき得る限りベストな選択をしたつもりです。

<市原商店 今泉浩治氏・今泉聡氏>

 四位調教師が調教師試験に合格した時から1年以上、一緒に構想を練ってきました。四位調教師の特別なこだわりと、馬目線に立った内容になっていて、数ある配合飼料の中でも特に嗜好性にこだわった商品になっています。

 粉末状のサプリメントなどは、特に牝馬などは与えても食べないことがあります。そこで、先にそういったサプリメントなどを混ぜてから、馬が好きなルーサン粉や黒砂糖、糖蜜などをかけて甘くして、食べやすくする工夫をさせてもらっています。

 どの馬も気に入って食べてくれているみたいで、「完食してくれている」と感想を聞いています。市原商店はトレセンの近くにあるので、地の利を生かして作ってすぐの鮮度のいいものを馬に与えることができます。

 栗東と北海道などの滞在競馬とでは別のバージョンのオリジナル飼料に変えています。滞在競馬では坂路がなく、運動量も必然的に変わってくるので、それに合わせたライトバージョンを作っています。

 これからも新しいサプリメントや配合飼料が出てくると思いますので、四位調教師が認めて「これなら!」と思うものはオリジナル飼料に入れて、常に進化させていきたいです。


──飼料のパッケージもこだわってますよね。ちゃんと四位調教師のマークが入ってる。

四位 いや、パッケージは何もリクエストしてないんですよ。もともと各厩舎それぞれのパッケージがあって、四位厩舎の場合、出来上がってみたら僕のマークが入ってた(笑)。

四位厩舎特集

▲四位調教師のマークが入ったオリジナルパッケージ (撮影:桂伸也)


四位厩舎の馬具「ちょっと高いけど…使わない理由がない!」


──なんて粋な計らい! そのほか、こだわった部分はありますか?

四位 ハミですね。一般的にはステンレスだけど、僕の厩舎のハミは銅が配合されている金属を使っていて、これが馬にとってすごくいいんですよ。

 銅とマンガンと亜鉛で形成されているセンソガンという素材なんですけど、銅が入っていることで馬が口のなかで甘みや匂いを感じて、唾液の分泌を促進させるんです。

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▲銅が配合されている金属を使ったこだわりのハミ(撮影:桂伸也)


──競走馬はハミをグッと噛むから、よく口角が切れると聞きますが、唾液がたくさん出ることで、口を守る効果があったり?

四位 それもありますし、積極的にハミを取るようになる効果もあります。あとは、味がすると味わおうとしてモグモグするので、唾液や白い泡がたくさん出るほか、リラックスする効果もあるんです。

 野球選手がガムを噛んでいるのを見たことあるでしょ? あれもリラックスすることが目的なので、そのあたりは人間と一緒です。緊張している馬は口が動かないので、ハミをチューイングするのがいいんです。

──そんなに詳しく話したら、真似っこされますよ。

四位 馬のためにいいんだから、真似っこしてほしいくらい(笑)。でも、僕の厩舎以外にも使っている厩舎はありますよ。馬術に精通している先生方は、いろんなハミを使ってますからね。

──四位調教師は、そのハミの存在を昔からご存じだったのですか?

四位 僕はね、ウオッカで初めて使ったんです。阪神ジュベナイルフィリーズ(2006年)の前後だったかな。当時は銅バミの存在を知っているトレセン関係者はごく一部で、まだトレセンの馬具屋さんにも置いていなかったと思うんですけど、乗馬関係の知り合いから「銅バミがあるよ」と聞いてね。

 ウオッカはけっこう口をグッと噛んでしまうタイプだったので、自分で取り寄せて使ってもらったんです。若馬の頃に使用したことで、その後の活躍になんらかの効果はあったんだろうと思います。

──なるほど。当時から、調教師になったら取り入れようと思っていたわけですね。

四位 そうですね。馬にとっていいものだから、使わない理由がないです。ちょっと高いんだけどね(苦笑)。

<三川屋馬具舗 村瀬勇二氏>

 四位調教師は馬具にこだわっていて、いい物を使われています。乗馬もされていた方で知識も豊富なので、先生から馬具を提案されることが多いですね。

 ハミはハミ身(真ん中の金色の部分)が「センソガン」と呼ばれる素材でできています。銅のほかに馬の体にいい物が含まれていて、たくさん唾液が出て、馬がよりハミを受け入れやすい素材になります。馬がしっかりハミを受け入れれば、コンタクトが取りやすくなります。四位厩舎は基本的にこれで揃えていただいていて、ここから色々なものに発展しています。


四位厩舎の正装と四位調教師の聴診器


──四位厩舎といえば、競馬場で見かけるスタッフさんたちが、みなさんオリジナルっぽいスーツを着ていますよね。あのあたりもボスのこだわりですか?

四位 スーツに見えるでしょ? でもあれね、作業着なんです。「スーツに見える作業着」って知りません?

──あっ、 聞いたことあります!

四位 ある日、テレビを観ていたらたまたま紹介されていて、農業をやっている方がそれを着て農作業をしたあとに、そのまま会議に出る、みたいなね。それを見て、これはいいなと。

「ワークウェアスーツ」っていうんですけど、ストレッチが効いていて動きやすいし、何より普通に洗濯機で洗えるんです。馬を曳いていれば汚れることもあるし、当然、動きやすいほうがいい。

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▲きちっと感も叶えてくれる「スーツに見える作業着」 (C)netkeiba.com


──それですぐに四位厩舎のユニフォームとして取り入れたと。

四位 はい。競馬場は、競走馬をお披露目する場でもあるわけだから、オーナーさんへの礼儀として、できれば正装が好ましいと僕は思うんです。一応、それがウチの厩舎のコンセプトでもあるので、これはいいものを見つけたなと思って。テレビっ子でよかったなぁと思いました(笑)。あと、ついこの間、聴診器を買いました。メルカリで(笑)。

──聴診器!? っていうかメルカリ(笑)。

四位 獣医さんが馬の心音を聴きながら、「ああ、ちょっと疲れてるなぁ」とか「今週はいいんじゃないか」とか言っているのを聞いていて、自分も興味が湧いたんですよね。これがなかなかおもしろくて、オープンクラスの馬は、やはり伝わってくる音が全然違うんですよ。

──いわゆる心肺機能というやつですね。

四位 そうです。心臓の動きが強いから、音もそれだけ力強い。それだけではなくて、1頭の馬の心音をずーっと聴いていれば、その変化がわかるんです。このあいだも、思ったような結果が出なかった馬がいて、「疲れてるのかな」と思って獣医さんに心音を聴いてもらったら、「ああ、全然走ってないね」と。

 そういうのがわかったら、おもしろいじゃないですか。もちろん獣医さんレベルとはいきませんが、自分も少しでも聞き分けられたらいいなと思って、開業獣医さんにいろいろと教えてもらっているところです。

──まさに、あくなき探求心。「聴診器を操る調教師」というのも斬新です。

四位 僕だけじゃないですよ。少なくとも、あとふたりは「聴診器を操る調教師」を知ってます(笑)。

(文中敬称略、次回へつづく)

1972年11月30日、鹿児島県生まれ。JRA栗東所属の調教師。騎手時代は2007年の日本ダービーでウオッカに騎乗し、64年ぶりの牝馬ダービー制覇を達成。翌年の日本ダービーではディープスカイに騎乗し、史上2人目の連覇を成し遂げる。JRA通算1586勝。2019年12月新規調教師免許試験に合格。2020年2月で騎手を引退し、1年間の技術調教師を経て2021年3月に新規厩舎を開業。

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