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競走馬のセカンドキャリア

  • 2021年07月01日(木) 12時00分
 6月19日(土)と20日(日)、福島県南相馬市馬事公苑で馬術大会「東北ホースショー2021<震災復興10年サンクスホースショー>」が行われた。

 そのなかで、出場資格を元競走馬に限定した障害馬術競技が2つ行われた。

 ひとつは19日に行われた「セカンドドリームカップ」、もうひとつは20日に行われた「RRC(Retired Racehorse Cup・引退競走馬杯)」である。

 セカンドドリームカップはこれが第1回で、大野拓弥騎手の父であり、馬主でもある大野裕さんの発案で始められた。

大野さん

セカンドドリームカップの発案者である馬主の大野裕さん。かつての愛馬のセカンドキャリアを見守っている。



 自身が所有したユーメイドリームも出場するということで、馬名の一部を競技名にしたという。賞金に相当する所有者奨励賞(飼育奨励金)は、優勝10万円、2位5万円、3位3万円、4、5位1万円。大野さんが、ほかの馬主やファンからの寄付も合わせて用意した。

 今、ユーメイドリームは、東北ホースショーの主催者のひとりである鈴木嘉憲さんが仙台に経営するベルステーブルにいる。そうした縁もあり、東北ホースショー2021の競技のひとつ(第4競技)としてセカンドドリームカップが行われることになった。もうひとつ驚くようなつながりもあって、現役時代にユーメイドリームを担当していた厩務員は、鈴木さんのもとで乗馬を始めた人なのだという。

鈴木さん

鈴木嘉憲さんとタマモアピール。後ろはコアレスレーサー。



 実は、鈴木さんには以前もこの稿に登場してもらったことがある。東日本大震災から5年の節目に、繋養していた多くの馬を津波で失ったときのことを話してもらったのだ。

 発災時、鈴木さんは宮城県名取市に乗馬クラブ「ベルシーサイドファーム」を経営していた。41頭の馬すべてが津波に流され、生き残ったのは2頭だけだった。うち1頭のアドマイヤチャンプをその後繋養するようになったホーストラスト北海道代表の酒井政明さんに、鈴木さんを紹介してもらった。

 であるから、鈴木さんとは5年前から知り合いだったのが、会ったのは、今回が初めてだった。

「この春、ユーメイドリームがうちに来てから大野さんとやり取りさせてもらうようになり、人が人を呼ぶような形で、今回の開催を実現することができました。競馬と乗馬は近いようで遠かったですよね。競走馬を引退してからも、馬が何か仕事をして活躍できるのは素晴らしいことだと思います」

 そう話す鈴木さんは、主催者であり、さらに審判業務もこなし、選手として出場したかと思えば、教え子の競技をコーチとして見守ったりと、ものすごく忙しい。

 覆馬場(室内馬場)には馬具や馬グッズ、アクセサリー、ホーステーピングなどのほか、カフェの出店なども出て、たくさんの人が楽しそうに眺めていた。

「東北ホースショーは今回が8回目なのですが、こういう光景が見られるのは初めてのことです。震災から10年経って、ようやくここまで来られました」と鈴木さんは感慨深げだった。

 そこに出店していたアクセサリーショップのオーナーの酒本美夏さんは、かつて相馬中村神社にあったNPO法人の広報担当だったこともあり、この10年、私が毎年相馬野馬追で顔を合わせている人だ。

 出場馬の厩舎には、私が10年前の春、被災馬取材で初めて南相馬を訪ねたときに会った、松浦ライディングセンター代表の松浦秀昭さんの姿もあった。同センターで乗馬をしている何人かの選手が東北ホースショーに出場しており、うち2人がセカンドドリームカップに出場していたのだ。

松浦さん

右が松浦秀昭さん。真ん中がセカンドドリームカップに出場した西畑慎之介選手。左は手戸芳紘選手。



 松浦ライディングセンターからセカンドドリームカップに出場した西畑慎之介選手は、相馬農業高校の2年生だ。ジェネクラージュに騎乗し、減点ゼロで競技を終え、参加42選手中12位という結果だった。

西畑選手

ジェネクラージュでセカンドドリームカップに出場した西畑慎之介選手。



 西畑選手とジェネクラージュは、この日の第6競技にも出場し、そちらでは4位に入賞した。

 また、上の写真の手戸選手と、西畑選手の弟の西畑康成選手は20日の競技に出場し、それぞれ4位、3位という結果だった。2人とも中学2年生だ。

西畑兄弟

兄の西畑慎之助選手(右)と、弟の西畑康成選手。



 セカンドドリームカップは、人馬ともに複数回出走できるので、優勝も2位も同じ広田大和選手、3位が、翌日のRRCで優勝する増山大治郎選手という結果になった。

 中学生から60代まで幅広い層が出場したのだが、プロとも言える選手たちの実力は突出していた。広田選手も高校1年生なのだが、2019年にチルドレンライダー障害飛越選手権で優勝するなど、早くから将来を有望視されている有名な選手だ。

 大野さんは、「もっとキャリアの浅い選手でも賞金に手が届き、若手ライダーの育成になるよう、第2回からは選手をクラス分けして開催するなど、やり方を考えていきます」と話していた。

 なお、松永佳子選手が騎乗したユーメイドリームは38位だった。

 一方のRRCは今年3年目を迎えるシリーズで、公益社団法人全国乗馬倶楽部振興協会が主催している。北海道から九州まで14の会場で予選が行われ、15戦目に東京競馬場でファイナル大会が行われる。競馬場でファイナルが行われるのは今年が初めてのことで、「引退競走馬が競馬場に帰ってくる!」と、話題になっている。

 今回の大会は、東北ホースショー2021の競技のひとつ(第13競技)もあり、東北予選のひとつでもある、という位置づけだ。

 予選でも所有者奨励賞は厚く、優勝50万円、2位20万円、3位15万円、4位10万円、5位5万円で、障害を落とすなどの減点がなく完走したらクリアラウンド賞として3万円が出る。これがファイナルだと倍額になる(クリアラウンド賞は同額)。

 セカンドドリームカップは元競走馬であれば、乗馬としてのキャリア不問で出場できるが、RRCの出場資格は、おおむね引退から3年以内の馬となっている。1頭の馬は1種目に複数回出場できないが、乗り手は何度でも出場できる。

 RRCのリポートは、発売中の「週刊ギャロップ」に掲載されているので、そちらをご覧いただけると幸いである。

 と言っておきながら加えると、優勝したナンヨーアイリッドを生産したのが、浦河の三好牧場だと場内実況で知って驚いた。というのは、三好牧場は、贔屓のスマイルジャックの2頭しかいない産駒の1頭、ブラーミストの生産牧場でもあるからだ。何度も行った牧場の生産馬が、生産者も知らなかったところでまた活躍している、というのは、とても嬉しかった。

 鈴木さんが言うとおり、競馬と乗馬は近いようで遠い。が、こうして追いかけていけば、必ずどこかでつながる。

 今回の2泊3日の取材で、相馬野馬追小高郷の副軍師・本田博信さんと食事をする機会を得た。本田さんは、本稿にたびたび登場する蒔田保夫さんの同級生であり、また、かつて大山ヒルズにいた佐藤弘典さんと当然のように知り合いで、その佐藤さんは前週のRRCに行っていたりと、こんなところにも、話すと長くなるつながりがある。

 前出の西畑選手兄弟と相馬野馬追とのつながりの話も面白いのだが、キリがないので、それは野馬追について書くときにでも。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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