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東京五輪と競馬とワクチン

  • 2021年08月05日(木) 12時00分
 東京五輪たけなわである。

 競馬ファンにとっては、陸上の800メートルや1500メートルあたりが、スピードとスタミナ、駆け引きのすべてを求められるところが競馬っぽく感じられて楽しい。

 それに加え、今回は、JRA職員の戸本一真選手が総合馬術個人で4位となり、89年ぶりの入賞を果たしたこともあって、馬術への注目度も高まっている。

 5週前の本稿で紹介した馬術大会「東北ホースショー2021」を主催した鈴木嘉憲さんや、元競走馬だけが出られるセカンドドリームカップの賞金を拠出した大野裕さんが話していたように、競馬と馬術は近いようで遠い。

 その距離を、戸本選手とヴィンシーJRA号が近づけてくれた。

 五輪の障害には、ダルマやこけし、金魚などの日本的な絵が描かれていたり、さらに大きなダルマが置かれていたりと話題になっていた。障害馬術では、馬が気にしたり、嫌がったりするものをあえて設置することで人馬の一体感を確かめるということを鈴木さんから教えてもらったのだが、それらが原因なのか、減点される人馬が多く、文字通りの「鬼門」になっていたのも興味深かった。

 現役の騎手や競走馬が五輪の馬術に出られるようになれば、競馬と馬術はもっと近づいて、盛り上がるに違いない。しかし、障害レースを経験した馬が、即、馬術の障害で脚をぶつけずに跳べるようになるかというと、これが結構難しいらしい。

 それでも、東北ホースショーのなかで行われた、引退競走馬による「RRC(Retired Racehorse Cup・引退競走馬杯)」の「障害・東北大会II」をナンヨーアイリッドで優勝した増山大治郎選手によると、90センチくらいの低い障害競技には、スピードと跳躍力の両方を持つサラブレッドが最も適しているという。

「低い障害で速さを競う」というコンセプトをもとにRRCを発展させ――例えば、障害の落下は3回までなら失格にならず、タイムだけで勝ち負けを競う「障害スプリント」を新設するなどして、五輪にたくさんのサラブレッドが出られるようにならないものか。そこに石神深一騎手や熊沢重文騎手が出場したりすれば、面白いと思うのだが、どうだろう。

 予選をどうするか、競馬に出ていれば賞金を稼げるのに、五輪競技に出すことを馬主が認めるか……など、いろいろ難しい問題はあると思うが、それこそ、どうにかして障害を乗り越えてほしい。

 と、これからも、4年ごとに(次は3年後だが)同じようなことをブツブツ言っているのだろうか。

 先週金曜日の夜、ようやくコロナワクチンの1回目の接種を受けることができた。ファイザーなので、次は競馬用語で言う中2週、普通に言うと3週間後の8月20日になる。

 私が住む東京都大田区にはキャンセル待ちのシステムがあり、ファイザーとモデルナそれぞれに当日の朝申し込むことができ、外れたら翌日、同じことを繰り返す。

 電話でもネットでも申し込みが可能で、私は毎日、両方のワクチンにネットで申し込んでいた。あらかじめフォームに氏名や接種券番号などを記入し、午前9時になると同時に送信し、午後3時から5時まで電話が鳴るのを待つという日々を3週間ほどつづけ、ついに、7月30日の午後4時ごろ、センターから電話が来た。

「キャンセル待ちのリストに加わりましたので、お受けになりたい会場をひとつ選んでいただけますか」

 私は「接種希望会場」を「どこでもよい」にチェックしていたので、そう言われた。どこでキャンセルが出やすいかは日によって異なるという。さんざん迷って、家から一番近いところにした。

「では、そこでキャンセルが出ましたら、連絡が行きます。午後6時くらいまでに連絡がなければ、キャンセルが出なかったものとご了承ください」

 そう、一発オッケーではなく、2段階の選定なのだ。6時まで待っても電話は鳴らなかった。イジけてマナーモードに戻し、原稿を書いていると、午後7時44分、スマホが振動した。

「ワクチンの余剰分が出ましたので、8時くらいまでにいらっしゃれますか」

 すぐに飛んで行った。接種会場では、こちらが打ってもらう側なのに、「ありがとうございます」とあちこちで何度も言われ、恐縮してしまった。

 接種時はチクリともせず、本当に打ったのか心配になってきたが、翌日、接種部位に筋肉痛のような副反応が少し出て、本当に打ったことがわかって安心した。

 2回目の接種から2週間ほどすれば抗体ができ、もし自分が感染しても重症化して病床を逼迫させるリスクを軽減できる。

 65歳以上の感染者の減り方を見ると、ワクチン接種が進めば状況は大きく変わってきそうだ。

 多くの人がワクチンを接種したうえで、距離を取り、マスクの着用をつづけて感染拡大を防いでいるうちに、さらにいい薬や治療法が出てきて、よく言われる「新種の風邪」くらいの怖さになるのではないか。元の日常を取り戻せるのはずいぶん先だろうが、そちらに近づいていることは確かだと思う。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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