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【田辺裕信騎手】「馬乗りが上手、の前にまずは人間性」大切にしている“人とのつながり”

  • 2021年08月22日(日) 18時04分
今週のFace

先日、JRA通算1000勝を達成した田辺騎手(撮影:藤井真俊)


8月1日の新潟競馬でJRA通算1000勝をマークした田辺裕信騎手(37)。デビューから20年目という節目の年に、歴代40人目、現役では21人目となる大きな記録を達成しました。15日にはロータスランドとのコンビでGIII関屋記念を制すなど、輝きを放ち続ける“仕事人”に、1000勝への道のりや近況について話をうかがいました。

(取材・文=東京スポーツ・藤井真俊)

忘れることはない、感謝の気持ち


──8月1日の新潟8Rをノーリスで勝ち、JRA通算1000勝を達成されました。改めておめでとうございます。

田辺 ありがとうございます。それにしてもすごい数字ですよね。若い頃は1000勝なんてとても達成できるとは思わなかったし、想像すらしていなかった。そういう次元のジョッキーではなかったですから(苦笑)。

──確かにどちらかといえば遅咲きのイメージがありますね。

田辺 ええ。若い頃は1つ勝つのがやっとでしたから。100勝とか、GIを勝つとか、そんなことを考える余裕すらなかったですよね。とにかく目の前の1勝、という感じで。本当に1000勝なんて信じられないですよ。

──過去の成績を振り返ると、2010年までは年間15〜30勝前後でしたが、2011年に年間88勝と急激に数字が伸びました。

田辺 中京競馬場の改修や東日本大震災があって、当時はよく小倉競馬場に滞在して乗っていたんですよね。そういう中で関西馬に乗る機会が増えて、新しくお世話になる厩舎が広がっていったんです。あとは松田博資先生がたくさん乗せて下さっていたのも大きかった。「あれだけの調教師が乗せているのだから、ウチも乗せてみよう」と考える厩舎も少なくなかったんじゃないですかね。

──メモリアルVは新潟でしたが、できればもう少し前の福島開催で決めたかったんじゃないですか?

田辺 はい。そりゃあやっぱり福島は地元ですからね。あとは福島で決めないと、地元のメディアの人に迷惑をかけてしまうな、と。自分の1000勝を報じるために密着してくれていた記者の方がいるんですけど、記録が先延ばしになるたびにその人が毎週、新潟に来なければならなくなっちゃうんで。結局、福島では決められなかったのですが、何とか新潟の2週目に決められて良かったです(笑)。

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ノーリスで制した8/1の新潟8Rで、節目のJRA通算1000勝を達成(撮影:武田明彦)


──1000勝までの道のりには、そういった色んな人々の支えや応援があったと思います。

田辺 そうですね。もちろん1番は師匠である小西(一男)先生ですけど、ほかにもたくさんの人に助けてもらいました。すでに引退された調教師や厩務員さん、亡くなられたオーナーもいます。特に自分が全然乗れなかった時期にチャンスを下さった関係者の方々には本当に感謝していますし、これからもその気持ちを忘れることはないです。

──“人とのつながり”と言えば、1000勝後の記念撮影では多くのジョッキー仲間たちが集まって楽しげな雰囲気でしたね。

田辺 いや〜たくさん集まってくれてうれしかったです。僕は馬乗りやレースが上手であることの前に、まずは人間性が大切だと思ってるんです。人に好かれて、人から乗せてもらえるようになって、ようやく馬に乗るチャンスが回ってくるんじゃないかなって。

──記念撮影の時にプラカードを持っていた騎手の顔がマスクで隠れていましたが、あれは田辺騎手が…?

田辺 いや、

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