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遺伝学的観点から血統を見る

  • 2021年08月26日(木) 12時00分
 ふた月ほど前、書き下ろし競馬ミステリーの次回作を仕上げ、担当編集者のハンちゃんに提出した。加筆・修正のポイントを指摘してもらい、今、手直しをしている。作中に、獣医師免許を持っている、競馬好きのサラリーマンを登場させた。高学歴のエリートなのだが、社内でさまざまな噂を囁かれている、陰のある男だ。

 脱稿したあと、私は、4年ぶりに新しいアカウントでツイッターを再開した。知り合いをフォローしながら、作中のその男の描写やセリフをよりリアルなものに近づけるため、面識のない獣医師のアカウントもいくつかフォローした。

 そうして相互フォローするようになった人のひとりと、過日、会うことができた。

 サラブレッドの血統を遺伝学的観点から研究している、獣医師の堀田茂さん(@hotta_shigeru)である。スポーツ報知で、オークスの前、ソダシに関する特集でコメントしたり、キャロットクラブの会報にシーザリオについて寄稿したりしているので、ご存知の方もいるのではないか。

 大学の獣医学部を出た人の進路や、獣医師同士のネットワークなど、次回作のヒントになるような話を聞かせてもらい、とても面白く、参考になった。

 そして今、堀田さんが上梓した『サラブレッドの血筋-サイヤーラインとファミリーライン- 第2版(2017年9月)』と『サラブレッドの血筋-偉大なる母の力- 第3版(2021年3月)』を読んでいる。詳細は堀田さんのサイト「サラブレッドの血筋」をご覧いただくとして、サラブレッドの血統にも、学校で習った「メンデルの法則」が当てはまること、それを理解していないとインブリードの意味などを論じられないこと、そして、メンデルの法則の対象外となる、母親からしか授からない「ミトコンドリア」もきわめて重要であること――などがわかり、典型的な文系の私は目を覚まされたように感じた。

 堀田さんの本は、最新刊の第3版だと全630ページで、うち515ページが牝系の樹形図になっている。その樹形図は、2001年以降に生まれて、2020年末までに国際G1を勝ったすべての馬を網羅している、堀田さん自作のものだ。巻末の索引から、例えば「Frankel」を引いて「1-k」の牝系図に行き当たると、同じページにハービンジャーが出ていて「ほう」と思ったり、フロリースカツプが載っているページをひらいて「索引に将来レイパパレも加わるから、ここにトサモアーの名前も加筆されるのか」と思いを巡らせたりと、なかなか楽しい。

 しかし、こうした学術的な書籍は、製作コストや部数の問題でどうしても高くなり、価格は1万1000円。個人で楽しむのもいいが、生産者などのプロユースとして、代表が購入して若い従業員も自由に読めるようにする、といった活用法もありだと思う。

 血統に関する堀田さんのコラムが読みたければ、先にアドレスを紹介した堀田さんのサイトを見るといい。どれも端的にまとまっていて、とても読みやすい。

 書くことが好きな人は、長時間机に向かうことが苦痛ではないからか、読み手のことを考えず、冗長な文章になりがちだ。堀田さんはそうではなく、好きでやっているというより、使命感に駆られ、ライフワークとしてこの作業をつづけているのだと思う。

 ところで、血統を論じるうえで欠かせないメンデルの法則とはどんなものなのか。ネットで調べたところ、ウィキペディアをはじめとするサイトの説明は、周辺情報も一緒に盛り込もうとしているためか、どれも非常にわかりづらい。

 そこで、メンデルの法則についてわかりやすくまとめたものが堀田さんのコラムにないか、ご本人に問い合わせたところ、本稿がアップされる木曜日の正午までに新たに書いて、上記サイトのコラムに加えてもらえることになった。

 私自身は、堀田さんの著書の記述でどうにか理解したつもりではいるが、ぜひ、独立したコラムを読んでみたい。こういう形のコラボは初めてでもあり、ワクワクする。

 堀田さんが提示する「競馬ファンや競馬関係者が理解しておかなければならないメンデルの法則」を読んだうえで、既存の血統論を見直してみたい。これはもちろん、生物学的にも統計学的にも正しい観点からアプローチし直すことに加え、新たな発見であったり、さらなる考察のヒントであったりと、血統をひもとく楽しみをさらにひろげるための材料を得るためのプロセスであることを申し添えておきたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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