今、札幌の生家でこの稿を書いている。

　新千歳空港から快速エアポートに乗ったとき、スポーツ誌「ナンバー」のデスクから、秋競馬特集の原稿依頼の電話が来た。私のような無所属の人間は、まだ競馬場やトレセンを自由に取材できないので今ひとつ実感はないのだが、今週末から秋競馬が開幕する。

　コロナのせいで、競馬から季節感が奪われてしまった。

　10年前、東日本大震災のため、3月12日から4月17日まで中山開催が中止になった。6月中旬、中山で競馬が再開されたとき、節電のためエアコンを切っていたスタンドが、ものすごく暑かったのを覚えている。翌年の4月、福島競馬場で約1年5カ月ぶりに競馬が再開され、朝の開門前から取材したときの寒さも懐かしい。非常時から完全に脱したわけではなかったのに、競馬場にいる人々の服装や動きや交わされる言葉が、確かな季節感を感じさせてくれた。

　あのときは、こんなことは二度と起きてほしくない、と思っていた。それでも同じような災害に襲われる可能性はあるわけだから、あらゆる脅威に対する備えをしてきたつもりではあった。しかし、まさか、震災から10年の節目を、こうしてパンデミックのなかで迎えるとは思わなかった。

　話は変わるが、古内一絵さんの競馬小説『風の向こうへ駆け抜けろ』が、NHKでドラマ化されることになり、12月から放送されるという。

　古内さんのもうひとつの競馬小説『蒼のファンファーレ』は、「優駿」での連載が初出だったので、読んだ競馬ファンも多いのではないか。

　どちらも気持ちのいい作品だ。以前、グリーンチャンネルで草野仁さんの番組アシスタントをしていた元宝塚の瞳ゆゆさんが、「すごく面白かったです！」と、この2冊をバッグから出して見せてくれたことがあった。

　──おれの本も、こんなふうに人に見せてくれたらいいのになあ。

　と、嫉妬心を覚えてしまった。

　また、来年春から「群青のファンファーレ」という競馬学校を舞台としたテレビアニメが放映されるという。こちらは誰が原作者なのか公式サイトなどに記されていないが、ともかく、競馬を題材とした物語が、とっつきやすいドラマやアニメとなって多くの人に届けられるのは、とてもいいことだと思う。

　ところで、「群青のファンファーレ」の制作者サイドは、『蒼のファンファーレ』の存在を知っていたのだろうか。それとも知らなかったのだろうか。私は『蒼のファンファーレ』を読んでいたので、最初は古内さんの作品のリメイクか何かかと思って調べたのだが、まったく関係がないようだ。

　作家にとって、著作は自分の体の一部である。分身、あるいは子供、という感覚の人もいると思う。例外的に編集者が決めることもあるが、タイトルをつけるときは本当に悩み、頭を使う。考え抜いてタイトルをつけるのは、アニメの制作者も同じだと思う。

　私は20年ほど前、小説誌に「風のファンファーレ」という競馬エッセイを連載していた。このように、競馬の作品に「ファンファーレ」というタイトルがつきやすいことは確かだが、古内さんが「蒼の」としたことには、作家としての強い思いがこめられている。アニメの制作者サイドは、仮に『蒼のファンファーレ』を知っていたとしても、こちらは群像劇なので「群」を重ね、「蒼」と「青」は字も違うから問題ないと考えたのかもしれない。確かに、タイトルに著作権はなく、似ているどころか、同じタイトルの作品が複数あるケースも珍しくないのだが、古内さんの小説のドラマ化と、このアニメの制作のメディア発表の時期が近かっただけに、ちょっと驚いてしまった。

　なお、私は、古内さんとツイッターで相互フォローはしているが、面識はない。

　ともかく、こうした作品の影響で競馬小説ブームに火がつき、私の既刊も重版に次ぐ重版となってほしい。が、もっかのところ、何の連絡もない。

「果報は寝て待て」というのは、何もせずにただ待っていればいいという意味ではないらしい。書いて待つしかないのか。はい、書きながら、待ちます。