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地元の中学校で“障がい”をテーマに講演 学生たちと交流も

  • 2021年10月01日(金) 12時00分
リニューアル後2回目となる今回は、地元の中学校を訪れ講演したときの様子を公開。“障がい”をテーマに落馬事故からリハビリ、そして現在にいたるまでの心境の変化などを語りました。


『障がいを持っても夢をあきらめない』と題し講演


 いよいよ秋競馬が始まりました。10月3日は凱旋門賞があり、日本からクロノジェネシス・ディープボンドが参戦。ディープボンドの遠征には角居元調教師の息子である調教助手も帯同されています。武豊騎手も参戦されるとの情報もあり、ますます“天高く馬肥ゆる秋競馬”になり楽しくなってきます。

 ライブ観戦できないのはとても残念ですが、よく耳をすませば馬の声が聴こえますよね。その声を聴くのが面白いです。じっくりと耳をすまし聴く競馬も、醍醐味があっていいのではないでしょうか。

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 さて、先日地元の中学校で人権研修『障がいを持っても夢をあきらめない』と題して講演してきました。

 毎年のようにお世話になっていて、講演というよりフレッシュな学生と交流することが楽しみになっています。エネルギーをたくさんいただき、さわやかな気持ちになります。

 私が在籍していた時のバスケット部の顧問、宮井先生が現役で教師をされているので、中学生時代の色々なエピソードを1・2年生に話してくださり、学生たちも親近感を持って話を聞いてくれてとても話しやすかったです。

日々是好日

▲聖火ランナーの服装で、聖火ランナーに選ばれながら走ることができなかった学生と一緒に


常石 みなさん、手をあげてください。聖火を点火します。…灯りましたか?

学生 はーい!

常石 今日は、残念な報告があります。東京2020パラリンピックを目指しドイツやオランダの大会に参加し挑戦し続けてきましたが、力不足で出場できませんでした。一緒に戦った仲間が、馬術の聖地・馬事公苑で演じてくれて、馬術の面白さを伝えてくれました。馬術はまだまだ知られていないので、見て興味を持ってくれたら嬉しいです。

 私の名前は、常に勝つ。騎手になるために生まれてきたと思っていましたが、2回も落馬してしまい無念の引退。脳は、1回壊れたら2回目はない…死か植物人間を覚悟と言われていましたが2回もやってしまいました。

オカン(母) (静かに話を聞く学生たちに)大丈夫ですよ、本人はけろりとしていますから。

常石 私は中学生の時、「体の小さなお前にしかできないスポーツがある」と教えてもらい競馬学校を受験、大変なこともたくさんあったけれど、楽しい日々でした。騎手デビューを果たし面白くなってきた矢先に落馬しましたが、リハビリを乗り越え復帰、待望の中山グランドジャンプ(J・GI)で勝つこともできました。

「さあこれからや、やるぞ」と思っていた時の出来事…まさに悪夢の落馬で、医師からは障がいが残るという衝撃の宣告。再び復帰を目標に必死でリハビリをしましたが叶わず、引退となりました。
 
 その後は布団をかぶって寝る日々を過ごすも、ふと馬のことを思い出します。

 “俺には馬しかいない、俺が乗っていた馬に誰が乗るのか?”

 せっかくもらった命…馬からパワーをもらい「馬に乗ることが一番好きなんだ!」と改めて気づかされ、乗馬を始めました。

日々是好日

▲講演中の様子


 
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 そんな時、東京でオリンピックの開催が決定。

常石 オカン、ここおれの家やんな。ここを売って馬を買ってほしい。馬場馬術でパラリンピックへ行きたい。形は違っても同じ馬の競技やから、もう1度同期たちの仲間に入りたい。

オカン 何を言ってるの、住む所なくなるわよ。

常石 国際大会は自馬でないと出場できない…絶対に頑張るから。

オカン …競馬で命かけて戦って得たものだから、悔いのないように好きにしたらいいわ。

常石 ありがとう、やるからね!

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「パラリンピックへ行きたい」国際大会に出場へ


常石 パラリンピック出場を目指し、オランダ・ドイツ等の国際大会に出場を決めました。トレーナーからは「一人で何もできないのなら大会に参加することができない。ドイツへ先に行き馬のトレーニングをするから一人でおいで。空港で待ってるね」と。成田空港から一人でドイツのフランクフルト空港まで行くと、トレーナーが待っていてくれ無事に会えてほっとしました。また、英語もドイツ語も分からなかったものの、野菜やピザなどを買うことができるようになりました。

 馬術馬は競走馬とは違い、全体的にきれいにまとまりどっしりとした感じですが、ステップは軽快で背中が心地よかった。「これが一流の馬場馬術馬か」と背中から感じることができ、パラリンピックへの思いが強まりました。

 最終選考のため、6月にドイツへ。コロナ禍の機内には私一人しか乗っておらず驚き、隔離なども大変でした。また、やっと着いた空港で迷子に…慣れから油断し、勝手な行動をしてしまったと反省しました。

 大会も1日目は上手くでき現地のトレーナーにも褒められ自信満々で2日目に挑みましたが、急にフワッと経路がとんでしまいポイントが取れず大失敗。自分自身の甘さだと後悔、最終選考のために渡航したので悔やんでも悔やみきれませんでした。

 絶対に行くと決めたパラリンピックへの挑戦が絶たれ、心も折れてしまいました。もっと折れたのがオカンの心でした。「絶対に行く」という約束を果たせず、謝ることもかける言葉もなかった。共に戦った馬にも迷惑をかけてしまった。「この借りは、絶対返すからな…」ベストパートナーの馬がいるから頑張れる、グッと気を引き締めゼロからのスタートです。

 パラリンピックへの夢を持ち挑んだことは、私の大きな財産です。1人では、絶対無理だといわれた渡航も買い物もできるようになりました。脳で覚えられないことは、五感で覚える。体で覚えたことは忘れない。アスリートとしてずっと前を向いて顔をあげ堂々とチャレンジし生きていきたいと思います。

 障がいは、私の大切な個性です。障がいがあるからパラリンピックに挑戦できます。皆さんも自分の個性を大事にしていっぱい夢をもってチャレンジしてください。(手話で)今日は、ありがとうございました。

日々是好日

▲「パラリンピックへの夢を持ち挑んだことは、私の大きな財産です」


 最後に元気になる「あめふり」の替え歌を紹介します。

 ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン

 ピンチピンチ チャンスチャンス ランランラン

 覚えて歌ってくださいね。

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学生たちからの質問コーナー


学生 落馬したのにまた馬に乗るのは怖くないですか?

常石 馬からパワーをもらったし、馬に乗ることしかできない。歩けなかったけど体で覚えていたから怖さを感じずに乗れました。馬に乗ると自然と笑顔になれるんです。

学生 競走馬と乗馬の違いは、どんなところですか?

常石 競走馬は主にスピードが必要ですが、乗馬は競技ではなく馬自体の演技なので、きれいに歩かせることが大事。上手に表現できているかを競います。おとなしい馬が多いですが芯が強いです。

 身近に乗馬を体験できる場所があるので一度体験してみてください、馬の魅力にはまりますよ。

学生 お家を売って馬を買ったと言っていましたが、どれくらい費用がかかるんですか?

常石 障がいが個々に違うので、その人の障がいに合わせた馬づくりをします。ドイツでリースしているので毎月の管理費や餌代、渡航費宿泊代やトレーナーの指導料など莫大な経費がかかりました。私のGI勝利の賞金などはるかに超えていますね。お家2軒ぐらい買えるかな?

学生 サインをください。トーチを触ってもいいですか?

常石 もちろんいいですよ。重いでしょう。

学生 サイン面白いですね。そしてトーチ結構重いですね。

常石 サインは競馬学校で練習しました。トーチは上の方に持ち上げて走ったのでもっと重く感じましたね。

学生 鞭も触ってもいいですか?

常石 こうして持つんですよ。

学生 難しいですね。

常石 鞭を持つことに慣れると大丈夫です、持ってやってみるといいよ。

学生 こう持つんですか? 面白いなあ。

***

 友達同士で馬や騎手になりきり真似をしながら、僕も、俺もと交代して持ち感触を確かめていました。未来の騎手候補生が生まれるかも?

常石 みんなからたくさん質問やメッセージをいただき私の方が元気になりました。ありがとうございました、感謝です。

学生 プレゼントもたくさんいただき、ジャンケンでゲットでき面白かったです。パリ大会目指して頑張ってください、母校の誇りです、応援しています。

 今日は遠くまで来ていただきありがとうございました、また来てください。感想文送ります!

常石 恥ずかしいですね。今度こそはいい知らせができるように挑戦し頑張ります!

日々是好日

▲みなさんから花束をいただきました!


***

オカン 落馬したときは生死を彷徨い、親のことも自分のこともわからなかったけれど、馬のことだけは覚えていました。「俺の馬に誰が乗るのか?」言葉も話せないのに筆談で伝える姿を見て「勝義は、馬に乗ることしかできない」と思いました。調教師の方たちが見舞いに来てくださると声に反応しピクっと動いたり箸も持てないのに鞭を回す…など、不思議なこともありました。

 生徒の皆さんと話す息子を見ていると、少年時代にタイムスリップしたかのようで、26歳で落馬した当時のまま、忘れてきた青春を取り戻しているような無邪気な顔になっていました。厳しい現実を生きるとき、たまにはこんな時間も大切だな、と感じます。

 障がいをもつ人と社会との間に壁や障害物があるから障がい者と呼ばれている…障がいは人ではなく社会に対する言葉だと思います。車いすが超えられない段差や、点字ブロックの上に置かれた自転車などが障害なのでしょう。

 そして私も、心に壁を持つことが害になっているんだと、その壁を壊したいと思っています。その壁がなくなったとき“障がい者”という表現が彼らの個性へと変化するのかもしれませんね。パラリンピックを見て、私たちも個性を尊重しながら大切に生きたいと思うこの頃です。

 今月もお付き合いいただき感謝です。

 常ちゃんこと常石勝義&オカン

※次回の更新は11/1(月)12時を予定しています。

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1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っている。

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