スマートフォン版へ

天国へ旅立ったブロードアピール(1)異次元の末脚の持ち主 “ブーちゃん”の意外な素顔

  • 2021年10月05日(火) 18時03分
第二のストーリー

多くのファンに愛されたブロードアピール(提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)


色褪せない伝説の鬼脚


 2021年9月8日、ブロードアピールが天国へと旅立った。27歳だった。ブロードアピールといえば根岸S(GIII)で見せた直線最後方からの驚異的な鬼脚が有名だが、その強烈な印象とは裏腹に、彼女は物静かな性格だったといい、晩年は北海道日高町のYogiboヴェルサイユリゾートファームで、淡々と穏やかな日々を送っていた。

 ブロードアピールは、1994年4月13日にアメリカで生まれた。金子真人氏の所有馬となり、栗東の松田国英厩舎に入厩した。デビューは1998年9月の4歳500万下(札幌競馬場・芝1200m)。5歳(馬齢旧表記・現4歳)と遅いデビューではあったが、経験馬相手にいきなり3着と好走して素質の片鱗をのぞかせ、2戦目の同条件のレースであっさり初勝利を収めた。芝の特別戦での11着を挟んで4連勝すると、1999年1月の京都牝馬特別(GIII)で1番人気に推されるが残念ながら3着と敗れた。その後も芝の重賞を中心に出走を重ね、なかなか勝利には届かなかったが、2000年2月のシルクロードS(GIII)で初重賞制覇を果たした。

 5月には、初勝利以来のダートとなる栗東S(OP)で先行勢が踏ん張る中、追い込みを決め優勝。高いダート適性を示したが、再びスプリンターズS(GI)4着を含めて芝で4戦したのち、11月の根岸S(GIII)でダート重賞に挑む。殿から進んだブロードアピールは、4コーナーで大外を回って直線に入ってもまだ最後方だったが、彼女独特のピッチ走法でズンズン前方にいる馬との距離を縮め、先頭にいたエイシンサンルイスを捕らえると1と1/4馬身差をつけてゴールイン。重賞2勝目を挙げた。これが前述した驚異的な鬼脚を繰り出した伝説ともいえるレースである。

 翌2001年からは、1戦(函館SS・GIII・6着)を除いてダート路線を歩み、交流重賞のかきつばた記念(GIII)、プロキオンS(GIII)、シリウスS(GIII)を勝ち、交流GIのJBCスプリントでノボジャックの2着になった。2002年で明け8歳になったブロードアピールは、ガーネットS(GIII)でサウスヴィグラスをおさえて優勝。重賞6勝目と同時に8歳牝馬が平地重賞を勝ったのは、この馬が初めてであった。

 3月にはドバイに遠征し、ドバイゴールデンシャヒーン(G1)で5着という成績を最後に現役生活にピリオドを打ち、北海道のノーザンファームで繁殖生活に入った。

第二のストーリー

現役最後の勝利となったガーネットS(撮影:下野雄規)


 ちなみにブロードアピールの伝説とも言われる鬼脚は、2013年にテレビ朝日の「マツコ&有吉の怒り新党」の「新・3大〇〇調査会」の中で、「新三大競走馬ブロードアピールの走り」と題して、栗東S、根岸S、ガーネットSで見せた鬼脚が紹介されている。競馬や馬に関するテレビ番組でブロードアピールが取り上げられたことにも驚いたが、同時に競馬を知らない人々にもブロードアピールの鬼脚から競馬の面白さの一端を感じてもらえたのは、画期的なことだったと思う。

 ブロードアピールは子出しが良く、繁殖としても優秀であった。重賞勝ち馬こそ出せなかったが、4番子のミスアンコール(父キングカメハメハ)が2018年のダービー馬ワグネリアン(父ディープインパクト)の母となったことで、ダービー馬の祖母・ブロードアピールが改めて注目を浴びた。

 ノーザンファームでしばらく繁殖生活を続けたブロードアピールは、その後、坂東牧場などを経て、2019年に25歳で繁殖を引退。ヴェルサイユリゾートファームで、余生を過ごすことになった。

マイペースに過ごせるひとりが好き?!


 Yogiboヴェルサイユリゾートファームのプロモーションマネージャーになっておよそ1年になる石川大樹さんは、ブロードアピールが同ファームに来た当初は別の仕事をしていた。なので最初は1ファンとしてファームを訪れては、ブロードアピールをはじめ、繋養されている馬たちと対面していた。

第二のストーリー

人との触れ合いにおだやかな表情をみせる(提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)


「いつも放牧地の遠くの方にポツンと1頭でいるので、ある時、スタッフがわざわざ連れてきてくれたんですよね。少し触らせてもらいました。もうお婆ちゃんでもあったので、とても大人しかったです。ものすごい脚で伸びてきた根岸Sを僕も知っていたので、あんなレースをする馬が目の前にいるというのが、不思議な感覚でした。あの鬼脚と、目の前の大人しいブロードアピールとのギャップがとにかく凄過ぎましたね」

 石川さんが実際リゾートファームで仕事をするようになってからも、ブロードアピールは変わらず、放牧地では1頭だけで過ごしていた。

「以前いた牧場で世話をしていた方が会いにいらした時にも、昔からブーちゃんは他の馬たちと群れないと教えてくれました」

 普通牝馬は群れで過ごし、しかも上下関係、順位付けがはっきりしているものだ。

「そうなんですよ、牝馬たちは人間の女子会的な感じで群れていますよね。それがブロードアピールはすぐ1頭で離れたところに移動するので、最初いじめられているのかなと思ったんですよ。でも見ているとそんな感じではないですし、ただ1頭でいる方が落ち着くみたいですね」

第二のストーリー

1頭でいる方が落ち着くみたい…(提供:Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)


 石川さんの話を聞く限り、ブロードアピールは他の牝馬と一緒にいることに価値を見出していなかったのかもしれない。レースにおいても馬込みではなく、後方の位置取りからレースを進めていたのは、ブロードアピールのなるべく1頭でいたいという性格にも関係しているのかともふと思ったが、こればかりは本当のところはわからない。

 こうして放牧地で他の馬から離れて、マイペースに慌てず騒がず1頭静かにブロードアピールは毎日を過ごしていた。

(つづく)

このコラムの通知を受け取りますか?

お気に入り

このコラムの通知を受け取りますか?

お気に入り

すでにお気に入りに登録しています。

登録済

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング