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ユニークなアイドルとタフな牝馬

  • 2021年11月04日(木) 12時00分
 ユニークな馬名で人気のスモモモモモモモモ(牝3歳、父アンライバルド、大井・櫻木英喜厩舎)が、11月1日(月)の大井第3レースで初勝利を挙げた。これがデビュー12戦目。道中は中団の内に待機し、最後の直線、ラスト200mを切ってから鋭く追い込んでの勝利だった。

 6番人気という評価で、レース終盤、いきなりトップ争いに加わってきたにもかかわらず、実況はまったく噛まずに馬名を4度(ゴール直後も含む。ほかに道中で1度)言い切った。勝ちタイムは1分15秒9。その最後の10秒ほどで見事に対応したアナウンサーの技量が、SNSなどで称賛されている。

 同じ大井のスーパーオトメ(牝、1993年生まれ、父ヒダショウウン、大井・倉内賢厩舎)が競馬場から脱走し、首都高を走って話題になったのは、四半世紀前、1996年のことだった。首都高を走った9日後の2月3日にデビューして5着。翌1997年7月、14戦目に最初で最後の勝利を挙げた。

 ハルウララ(牝、1996年生まれ、父ニッポーテイオー、高知・宗石大厩舎)が日本中から注目されるようになったのは、デビューから100連敗が見えてきた2003年夏ごろのことだった。武豊騎手が騎乗し、高知競馬場の入場者と売上のレコード(当時)を記録した2004年3月22日がブームのピークだったように記憶している。

 ユニークなアイドルホースとしてパッと思い浮かんだのが3頭とも牝馬だったのはたまたまか。

 ともかく、これら3頭のように、レースに出てくるだけで注目される馬がいるのは、けっして悪いことではない。

 特に、スモモモモモモモモの場合は、実況に名を呼ばれるかどうかが大きな見どころとなっている。名を呼ばれるにはレースで見せ場をつくらねばならないわけだから、競馬の本質にマッチした存在と言えよう。

 さて、今週はJRA・GIの開催こそないが、現地時間の11月5日(金)と6日(土)には、米国西海岸のデルマー競馬場でブリーダーズカップが行われる。7頭の日本馬が6つのレースに出走を予定しており、ブリーダーズカップフィリー&メアターフのラヴズオンリーユー(牝5歳、父ディープインパクト、栗東・矢作芳人厩舎)などの有力馬もいる。

 このブリーダーズカップフィリー&メアターフに初めて出走した日本馬は、米国産のマルターズスパーブ(牝、1997年生まれ、父ウィズアプルーヴァル、美浦・堀井雅広厩舎)だった。2000年のフラワーカップで重賞初制覇を遂げ、ラジオたんぱ賞とローズステークスで2着。秋華賞で18着となったあと渡米し、11月4日にケンタッキー州のチャーチルダウンズ競馬場で行われたブリーダーズカップフィリー&メアターフに出走するも13着に惨敗。

 胃潰瘍になり、鼻出血も発症するなど本調子ではなかったようだ。そのまま米国に滞在し、カール・ボウマン厩舎の所属馬として2001年3月から2002年6月まで12戦2勝という戦績をおさめたのち帰国。再び堀井厩舎の所属馬となって2003年秋まで走り、繁殖牝馬となった。

 このように、海外遠征が長期化した例として、最近では2019年春のドバイ遠征から香港、欧州と転戦したディアドラ(牝、2014年生まれ、父ハービンジャー、栗東・橋田満厩舎)が知られているが、ディアドラはその前にも海外遠征を経験しており、さらに長期遠征した先で繁殖入りしたという点でも、マルターズスパーブの歩みとは異なっている。

 そのほか、2005年から2006年にかけてゼンノゴウシュウ(牡、父デインヒル、栗東・森秀行厩舎)が豪州遠征に出て6戦0勝で帰国してからも走りつづけた。1999年春から秋にかけて半年ほど遠征に出たエルコンドルパサー(牡、1995年生まれ、父キングマンボ、美浦・二ノ宮敬宇厩舎)は欧州で4戦2勝の戦績を残したが、帰国後はレースで走ることなく種牡馬となった。

 と、ここまで書いて気づいたのだが、海外で10戦以上して、帰国後にまた実戦で走った日本調教馬となると、マルターズスパーブのほかでは、1985年から87年にかけて欧州で14戦0勝だったシリウスシンボリ(牡、1982年生まれ、父モガミ、美浦・二本柳俊夫厩舎ほか)しかいない。

 1969年初夏から秋にかけて欧州遠征に出たスピードシンボリ(牡、1963年生まれ、父ロイヤルチャレンヂャー、中山・野平富久厩舎ほか)は帰国後も走って、同年の有馬記念、翌年の宝塚記念、有馬記念とグランプリを3連覇するなど活躍したが、69年の遠征では3戦0勝という戦績だった。

 1966年から67年にかけて欧州の障害レースで16戦2勝と日本馬初の海外障害勝利を挙げたフジノオー(牡、1959年生まれ、父ブリッカバック、東京・橋本輝雄厩舎)も、戦後初の海外遠征として1958年から59年まで米国で17戦1勝という戦績を残したハクチカラ(牡、1953年生まれ、父トビサクラ、東京・尾形藤吉厩舎)も、ともに帰国後は走らずに種牡馬となった。

 非常に珍しい馬生を送ったマルターズスパーブ自身は2012年に15歳で世を去ったが、その牝系は今もつながれている。タフな血を受け継いだ駿馬の登場に期待したい。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第5弾『ファイナルオッズ』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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