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「引退馬支援は“引退後”だけを考えればいいわけではない」Creem Panが手がけるWEB連載

  • 2021年11月09日(火) 18時00分
第二のストーリー

レイクヴィラファームでのお産の様子(提供:Creem Pan 記事より)


映画では伝えきれなかった情報を


 中立的視点から引退馬の今を伝えるドキュメンタリー映画「今日もどこかで馬は生まれる」を制作したCreem Panが、今年6月から月に1回、競走馬の一生を左右する重要な場面を知る人の声を届けるWEB連載企画をスタートさせた。それまで語られることの少なかった部分に踏み込んで取材がなされており、どの回も注目を集めている。11月1日公開の第6回「引退馬を事業で生かす」で当初予定されていた全6回が終了したが、現在予定になかった最終回の準備が進んでおり、年内には公開される見込みだ。

「映画制作から2年以上の月日が経ち、皆様から寄せられたたくさんの感想に触れる中で、引退馬支援とは競走馬引退後のフェーズだけを考えればいいというわけではないという思いを強くしました。映画制作時から少し視座を上げて、映画では伝えきれなかった情報を伝えていければと考えました」

 Creem Pan代表の平林健一さんは、連載を企画した経緯をこう語った。

 現段階で1509件の感想が寄せられ、その全てに目を通している。引退馬支援をしている人や競馬ファン以外に、馬業界関係者もこの映画を多数観ており、現場目線の専門的な意見も届いた。

「その一方で、僕と同じく外側から馬の業界を見ている人の素朴なご意見もあります」(平林さん)

 これら全てが、Creem Panにとって財産となった。

「その中の特定の感想によって気持ちが変化したというより、『あ、そういう考えもあるな』とか『そんなこともあるんだ、調べてみよう』など、複合的に自分の中で蓄積していって、今回の連載企画に繋がっていきました」(平林さん)

 生産牧場から始まって、馬主、馬喰、乗馬クラブ、引退馬支援団体が企画では取り上げられている。

「自分の中で、新たに知りたい、伝えたいと思うものが増えて、その1つ1つを棚卸しして考えた結果、この選択になりました。映画と同じように馬の一生をフェーズ分けして、それぞれの場面に携わる方々を横断していく構成になりました」(平林さん)

 実際にインタビュー取材を行ったのは、Creem Panの若手・片川晴喜さんだ。

「今回の企画では、片川が頑張ってくれたのが大きかったです。生産牧場や馬主さんは、片川の繋がりから取材をお受けいただくことができました」(平林さん)

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Creem Panの若手・片川晴喜さん(提供:片川晴喜さん)


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平林さん(左)と、片川さん(右) (提供:片川晴喜さん)


馬への愛情と経済性


 6月1日に公開された第1回目「デビューを迎えられなかった馬たち」は、片川さんが何度も研修に訪れている北海道洞爺湖町にあるレイクヴィラファーム。第2回目の「なぜ馬は走り続けることが出来ないのか」は、レイクヴィラファームと関係の深い馬主の塩澤正樹さんだった。

「レイクヴィラファームには今まで幾度も研修させていただいたのですが、その時に聞けなかった(生産の現場における)葛藤の部分を知ることができました」(片川さん)

 母馬と仔馬が放牧地を並んで歩く様子は、傍から見れば微笑ましい。だが生産の現場には、命と向き合うがゆえの厳しさがあった。

「映画制作を通じて『出産』のリスクが大きいことは存じていましたが、成長を促す段階においても様々な問題が生じることがあり、それに対策を講じていることをレイクヴィラのマネージャー・岩崎義久さんがロジカルに語ってくださり、とても興味深かったです」(平林さん)

 例えばと、示してくれたのが以下の部分だ。(※以下、本文より抜粋)

「ミルクだけで育てると成長が停滞しやすく、売り馬としてはなかなか難しいと言われています。なので乳母をつけて仔馬の面倒をみてもらいます。乳母を借りるには、業者さんにひとシーズン、つまり仔馬が生まれてから離乳までの約半年間に100万ほど支払います。またウチの牧場の元繁殖牝馬で、現在はリードホースをしているメジロシーゴーと言う馬に獣医的な処置をして人工的に乳母になってもらいました。このように馬たちが競走馬のステージに進めるよう、最大限の努力ができるのは、生産者としては幸せなことだと思っています」

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乳母メジロシーゴーとメジロルルドの21(提供:Creem Pan 記事より)


 この抜粋部分が、平林さんにとっては特に印象的だったようだ。

「事業目的を達成するために投資することは、自分の仕事に置き換えてみると当然のことなのですが、決定的な違いは『商品に命がある』という点です。これは生産牧場に限った話ではないですが、経済性と切っても切り離せないサラブレッドを扱うのは、産業の外にいる僕のような人間からすると独特の感覚を覚えます。けれども現場の方は、自分以上に馬が好きで愛情を注いでいることも知っています。改めて奥の深いテーマだと実感しました」

 馬への愛情と経済性。生産の現場には相反するこの2つが存在している。愛情を注ぎながらも、時には割り切らなければならない。その中で生産牧場の人々は、日々命と向き合っている。平林さんの言うように、奥の深いテーマだ。

 生産牧場で生を受けた馬たちは、庭先で、あるいはセリで馬主に購入される。その馬主の立場から具体的な数字を示して、実体験を交えて語ってくれたのが第2回目の塩澤正樹さんで、平林さんが個人的に最も面白いと感じた回だった。

第二のストーリー

馬主の塩澤正樹さんご一行(提供:Creem Pan 記事より)


 インタビューをした片川さんも「競走馬運用に係る経済的な部分の話がメインとなっていて、善意や慈悲でカバーしきれないお金の問題と直結していました。経済動物として生まれ育つ競走馬に、維持費や損益分岐点が存在することはわかっていても、実際の数字で知ることができたのは、とても大きな気づきとなりました」と話す。

 馬主は儲からない。平林さんはよく耳にしていたという。

「塩澤さんは想像以上に具体的な情報をご提示くださったので、とても面白い記事にすることができたと思います。馬の購入時のエピソードや、故障時の見舞金の話など、何となく知っていたことの霧が晴れていくところが多かったです。こうした競走馬を動かす上でのお金の話は、一見すると引退馬支援とは遠いものに感じますが、引退馬の今を形成している要素の中で、とても重要だと再認識しました」

 生産牧場の現実に馬主のお金事情。何となく知っていた、感じていたことが、具体的に示されたことも、この連載の大きな意義ではないだろうか。

(つづく)



▽ Creem Pan HP
https://creempan.jp/index.html

▽ 第1回「デビューを迎えられなかった馬たち」
https://creempan.jp/uma-umareru/support-info/20210601_1.html

▽ 第2回「なぜ馬は走り続けることが出来ないのか」
https://creempan.jp/uma-umareru/support-info/20210701_1.html

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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