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「馬は生きていれば幸せなのか?」Creem Panが手がけるWEB連載(2)

  • 2021年11月16日(火) 18時00分
第二のストーリー

出荷される前のサラブレッド(提供:Creem Pan 記事より)


「すべては、人間のエゴの究極」


 連載の中で1番反響が大きかったのが、競走馬や乗馬をはじめ、繁殖(種牡馬や繁殖牝馬)のステージから引退した馬を引き受ける馬喰(家畜商)と言われる職業の方にインタビューした第3回目だった。

 年間約7000頭生産されるサラブレッドのすべての命を繋ぐことは、現段階ではまず無理といっていい。となると、多くは屠畜されて食肉になる運命を辿る。第3回に登場するX氏は、家畜商でありながら自らの牧場で肥育して出荷まで行っている。サラブレッドが食肉になる。これまでこの手の話は馬業界ではタブー視される傾向にあり、何となくしかわからなかった事柄が、今回の記事ではっかり理解できたと思われた読者も多かったのではないだろうか。

「手前味噌ですが、取材することが困難と言われる家畜商の方に、これほど濃密なお話を伺うことができたのは大変意義があったのではないかと思います」

 と、平林健一さんも話す。

「すべての馬を生かしておくことが幸せなのか」

 これが第3回のテーマとなっている。

「この回に関しては、この言葉に尽きると思います。実際にこの仕事に携わっている方が発するからこそ、重みのある言葉に感じました」(平林さん)

 競走馬、繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)、乗馬、養老馬等、それぞれのステージにおいての飼養状況によって、馬が気分良く快適に過ごせているかどうかの違いが出てくる。中には劣悪な環境で飼養されているケースもあり、それを考えると全ての馬を生かしておくことが最良の道とは言えないのではないか。筆者自身、引退馬に関わりながらそう感じることが多々ある。

 またある馬を引き取りたいとX氏に連絡してきた人とのやり取りの場面は、このテーマを考える上で重要な部分だと個人的には思っている。賛否両論あるだろうが、是非一読してほしい。

 筆者自身、実際にX氏を知る知人から「Xさんは、とても馬が大好きな人」と聞いたことがあった。食肉にするためにサラブレッドを仕入れ、肥育し、屠畜場へと送る。残酷な仕事に感じる方もいるだろうが、屠畜に送られるまでの間、より良い環境で馬を飼養することにX氏は力を注いでいることが今回の取材でわかった。実際、現地に赴いてX氏にインタビューした片川晴喜さんも、きれいに整頓された厩舎が印象に残ったと話していた。

第二のストーリー

家畜商のXさん(提供:Creem Pan 記事より)


「これまで抱いていた固定概念が崩れてカルチャーショックを受けたのを鮮明に覚えています。この職業の方々も馬が大好きで、情熱やプライドを持って仕事をしていることが伝わってきました」(片川さん)

 せめて生きている間は、心地良く過ごさせてやりたい。これがX氏の馬に対する愛情であり、プライドなのだろう。

 その一方でX氏は自嘲気味に話す。

「例えば北海道の牧場などと比較した場合、こんな3m真四角の厩(うまや)に入れられて、ウチにいる間は大事にしてますよと言っても、もしかしたら外に出て走り回りたいと馬は思っているかもしれません。わからないですよ、馬が本当は何を思っているのかは。だから僕のしていることも、そのほかすべて(引退馬支援も含めて)のことも、人間のエゴの究極。それに尽きると思うんですよね」

 「馬の幸せ」というのは人間の価値観だと常々思っているので、筆者自身コラムでも極力「幸せ」という言葉は使用しないようにしてきたが、X氏の記事執筆を通じて「馬の幸せ」は人間の幻想に過ぎないのではないかと改めて認識した次第だ。と同時に引退馬に関わる以上、エゴなのかもしれないが、馬たちが本当に気持ち良く過ごせるような環境を追求していかねばという思いも新たにした。

 平林さんも、似たような感想を抱いたようだ。

「馬は人間とは異なる動物なので、馬の気持ちを人間に置き換えて考察することが多いです。けれども結局は馬は言葉をしゃべってくれないので、わからないですよね。人間のために生み出され、生きて、最期をどうするのか…。『答えがわからなくなるのは、人智を超えたことをしているからだ』と映画制作時にお話しされた方がいらっしゃったのを、今回の記事を通じて思い出しました」

サラブレッドは乗馬に不向き?


 第4回目は、乗馬クラブを運営し、自ら競技者として活躍する増山さんだ。日本において、引退競走馬が進むキャリアとして最も多いのが「乗馬」だ。

「でも馬術の国際大会などでは、サラブレッド以外の品種ばかりが活躍している印象があり、サラブレッドは乗馬に不向きなのではないかとずっと疑問でした。それについて1つの答えを知ることができて、個人的に大きな学びを得た回でした」(平林さん)

 乗馬専用の馬が生産されている海外と違い、前述した通り、日本では引退した競走馬が乗馬となるケースが多く、乗馬クラブがその受け皿になっている。だがそこには課題もある。

「例えば骨折して競馬を引退して乗馬にしようとしたとします。骨折しているので半年間の休養が必要で、でもその間もご飯は食べますし、ケアなど手間が掛かります」(増山さん)

 骨折などの故障で乗馬として稼働できない馬がクラブの一馬房を占めると、その馬にかかる経費全てがクラブの負担となるのだ。増山さんは言う。

「その負担をクラブがどこまでできるのか、どこまで我慢できるのかという問題になってくるんですよね」

 つまり故障をしている馬は、経費や手間をかけるに値する何かがない限り、乗馬になるのは相当難しいということだ。それでも、増山さんは引退した競走馬をリトレーニングして、元競走馬とともに競技に出場し続けている。

第二のストーリー

筑波スカイラインスティーブルの増山大治郎さん(提供:Creem Pan 記事より)


「増山さんには、乗馬専用に生産されている品種よりもサラブレッドが乗馬に適している部分も語っていただいていますし、引退馬活用に希望の光を見ました」

 と片川さんが話すように、引退競走馬の乗馬転用について明るい気持ちになる話も出た。

 ただすべてのサラブレッドが乗馬に向くわけではない。例え怪我なく健康な状態で引退した馬でも、競馬での緊張感を引きずってピリピリしていたり、生まれついて気性の激しい馬もいる。

「そのようなメンタルを整えて、穏やかな乗用馬にするためには一定の時間を要すると聞いたことがあります」(平林さん)

 その一定の時間がどのくらいかかるのかも、馬それぞれではっきりとわからない。時間がかかり過ぎれば、経済面を考慮して乗馬になる前に見切りをつけられることもあるだろう。サラブレッドはどの段階でもふるいにかけられるが、乗馬というステージに立つのにも厳しい現実があるのだ。

「競走引退後の引き取り手が決まっただけでは、無条件で喜んではいけないのかもしれません。やはり現場を知る方のご意見を伺うことは、とても意義深いことだと再認識致しました」(平林さん)

 引退競走馬の乗馬転用の課題と希望の光。それを確認した回だった。

(つづく)



▽ Creem Pan HP
https://creempan.jp/index.html

▽ 第3回「生かすことが幸せなのか」
https://creempan.jp/uma-umareru/support-info/20210801_1.html

▽ 第4回「サラブレッドは乗馬に不向き?」
https://creempan.jp/uma-umareru/support-info/20210901_1.html

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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