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「馬は1頭ずつしか生かせない」Creem Panが手がけるWEB連載(3)

  • 2021年11月23日(火) 18時00分
第二のストーリー

引退馬協会の北海道ツアー、ナイスネイチャを囲んで(提供:Creem Pan 記事より)


全頭生かせなければ、意味がないのか?


 昨今、引退馬支援についての情報や意見が以前よりも活発に発信されるようになってきた。

「それによって、引退馬支援の実情が少しずつ認知されてきたと思うのですがそこで必ずと言っていいほど目にするのが、『生まれてきた全頭を生かせない』ことについての論争です」

 と話すのは、映画「今日もどこかで馬は生まれる」を製作したCreem Panの平林健一さんだ。その論争の中には「生かせないなら支援しても意味がない」という否定的なものや、「全頭生かせなくても支援は必要」という前向きなものなど、さまざまな意見がある。そうした中で「全頭生かさなければ意味がないのか」というテーマで、引退馬支援の先駆者である認定NPO法人引退馬協会の代表理事の沼田恭子さんにインタビューをしたのが、第5回だ。

 前回も記したが、毎年およそ7000頭前後のサラブレッドが生産され、そのすべての命を繋げることは、現時点ではまず無理と言っていい。

「馬は1頭ずつしか生かせない、そう思っているんですよ」

 沼田さんはこの難しいテーマの問いに、インタビュー中、こう答えている。

「端的に力強く語ってくださったこの言葉が、心に残りました。この短い言葉を長い年月をかけて実証されてきたのが、引退馬協会さんであり、沼田さんだと思っています」(平林さん)

 引退馬協会と沼田さんは、前身であるイグレット軽種馬フォスターペアレントの会時代から、人間のために生産された馬たちの命をつなげる活動を、少しずつ、地道に続けてきた。

第二のストーリー

認定NPO法人引退馬協会・代表理事、沼田恭子さん(提供:Creem Pan 記事より)


 その沼田さんが映画「今日もどこかで馬は生まれる」撮影時に発した「1頭の馬に対して熱い思いの人が1人はいないと馬は助からないんですよ」という言葉を、撮影から月日が経った今も、平林さんはよく思い出すという。

「個人的な意見で恐縮ですが、沼田さんの言葉には他の人にはない力があると感じていて、お話をするたびに気が引き締まります」(平林さん)

 実際にインタビューをした片川晴喜さんは、引退馬支援のゴールは取り組む人それぞれに違いはあるものの、大きな流れが引退馬支援に向けて動き出していると、沼田さんと話をして感じたという。

「乗馬以外のセカンドキャリアが確立すれば、『全頭生かさないと意味がないのか』という課題が、さらに前進することを確信しました」(片川さん)

 またこの回は「すべての馬を生かしておくことが幸せなのか」というテーマだった馬喰X氏の第3回に対するアンサー的な内容にもなっている。両者は相容れないようでいて、根底にある考えは同じなのではないかとも感じた。第3回と第5回をあわせて読むことを個人的にはお勧めしたい。

余生の面倒は、その馬自身が


 第6回は、引退馬を用いた事業に取り組む株式会社TCC Japan代表の山本高之さんだ。平林さんが最も印象深かったのは「引退馬にしかない価値」についての山本さんの考え方だった。

第二のストーリー

株式会社TCC Japan代表取締役、山本高之さん(提供:Creem Pan 記事より)


「インタビューの中で『なぜメンタルヘルスケアに(馬の)可能性が高いかというと、1頭1頭の馬自身にドラマがあるじゃないですか。競走馬として生まれ、走ってきた中にストーリーがあって、多くの人がそれに感動したり熱狂したりして、馬を応援していて、馬が引退した後もそのドラマを引き継いで、人間とともに活躍できるのはメンタルヘルスケアの分野なのかなと思っているんです』と仰ったのですが、これにはとても共感できました」(平林さん)

 ビジネスの場面においても、相手のことを前もって知っていると、それがアドバンテージになることがある。

「私も仕事で初対面の方とお会いする際に、相手が既に映画『今日もどこかで馬は生まれる』を知っていただけていると、何マスか進んだところから会話がスタートできる感覚を覚えます。馬の場合は、例え現役時代を知らなくても、今の時代、血統背景や戦績を調べることができ、レース映像で実際に走っている姿も確認できます。ここに来る前に競馬場で頑張って走っていたという事実が、興味喚起につながるのだと気づかされました」(平林さん)

 一方、片川さんは、引退馬を事業として活用していくことが重要なのではないかと、以前から思っていた。

「一方的に養うだけでは限られた財源の中では限界があり、養う側が身を削る思いをせざるを得ないという現実が、この課題に取り組む人々の和が広がらない要因だと感じていました。山本さんのような事業のプロが、本当に馬のためを想って引退馬に付加価値をつけていくことで、余生の面倒はその馬自身がみるという1つの理想的な形を実現できるのではないかと、取材を通じて胸が熱くなりました」(片川さん)

第二のストーリー

ホースセラピーの様子(提供:Creem Pan 記事より)


 これまで引退馬支援とビジネスは、相容れない組み合わせのように思われてきたが、馬1頭を養うのには経済的負担が大きいことを考えると、ビジネスの要素を取り入れるのも1つのやり方であろう。

「『1頭ずつ救う』という心構えなくして命を救うことはできないと思う反面、『目の前にいない1頭も救いたい』という気持ちもあるのではないでしょうか。それを成立させるには『仕組み』が重要であり、山本さんは実業家としてそれを考えて実行するプロフェッショナルであり、引退馬支援においてかなり稀有な存在であると感じました」(平林さん)

 どの回も、馬たちを取り巻く現状を深く掘り下げており中身の濃い記事になっている。競走馬や引退した馬たちのその後について知りたい方、興味のある方、あるいは既に引退馬支援をしている方にも、読み応えがあるはずだ。

(了)



▽ Creem Pan HP
https://creempan.jp/index.html

▽ 第5回「全頭生かせなければ意味がないのか?」
https://creempan.jp/uma-umareru/support-info/20211001_1.html

▽ 第6回「引退馬を事業で生かす」
https://creempan.jp/uma-umareru/support-info/20211101_1.html

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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