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【ジャパンC/ベゴニア賞】福永祐一騎手の繊細な返し馬と丁寧な騎乗&R.ムーア騎手の“質が違う”追い方

  • 2021年11月30日(火) 18時00分
哲三の眼

コントレイルはジャパンCが最後のレースに…福永祐一騎手も感動 (撮影:下野雄規)


今年のジャパンCは1番人気の期待に応えコントレイルがV、現役最後のレースをGI勝利で締めくくりました。鞍上をつとめた福永祐一騎手は「一つ一つを丁寧に大切に騎乗していた」と哲三氏、競馬史に刻まれた1戦を振り返ります。

また同じ日に8Rで行われたベゴニア賞にも注目。4番人気だったレッドラディエンスが勝ったこのレースですが、鞍上ライアン・ムーア騎手について「追っている質が違う」と明かしました。3、4コーナーでの動きに焦点を当て詳しく解説します。

(構成=赤見千尋)

「コントレイルのことを想いながら…」繊細な返し馬


 ジャパンカップは1番人気コントレイルが素晴らしい走りで引退レースを飾りました。鞍上の(福永)祐一君もさすがの騎乗を見せてくれましたね。

 まず大切なのは返し馬。YouTubeでコントレイルを追った映像を見ていましたが、きめ細やかで繊細な返し馬をしていました。そこが上手くいったので75%くらいは勝ちを引き寄せたのではないかと。慎重に、というよりも繊細に、という言葉がしっくり来ると思います。とてもバランスが良く、駈歩から速歩、常歩とすごくリズムが良かったです。コントレイルのことを想いながら、一つも間違えたくないという感じで繊細な返し馬でした。

 レースはある程度慎重になりながら進めていた印象です。自分の馬のリズムを大事に、過度にポジションを取ろうとか、過度に何かをマークしようという雰囲気ではなく、流れにもしっかり乗っていましたね。向正面である程度外目に出しに行ったところは、慎重にいったのではないでしょうか。ちょっと芝が掘れてきた内よりも、馬場のいいところを選びながら、しっかりと差し切れるところを選んで進みました。コントレイルは叩き2戦目で矢作厩舎の仕上げもパーフェクト。反応も良くて素晴らしい勝ち方でした。僕が説明しなくても、いい競馬だったなというのは一目瞭然だと思います。

哲三の眼

馬のリズムを大事に、流れにもしっかり乗っていた (撮影:下野雄規)


 祐一君がコントレイルに乗り出して、乗りながら掴んだ技術があるのではないかと何度かこのコラムでも触れました。そういうところを確かめながら、乗った瞬間から一つ一つを丁寧に大切に騎乗している姿がいいなあと。

 コントレイルのことをすごく想いながら騎乗していて、ゴールした時には気持ちが高ぶってガッツポーズをしたくなる場面だったと思いますが、今回はガッツポーズをしなかったことでもその想いを感じました。もちろんすべてのガッツポーズを否定しているわけではなく、盛り上がっていい場面もあります。でも今回の祐一君はしなかった。ゴール板を過ぎてからのコントレイルの耳を見ても変に反応していないし、走り切ったあとも無駄に気を遣わせないというところで、想いは十分伝わりました。

哲三の眼

今回が引退レースとなったコントレイル、最後の口取り (撮影:下野雄規)


 このレースで引退ということをしっかり頭に入れて、コントレイルの走りを引き出すことはもちろん、少しでも故障のリスクとなるようなことはしなかった。とても重みを感じる騎乗でした。コントレイルと出会っていいことも悔しいこともあったと思いますが、最高の形で締めくくって、引退式を含めてとてもいいものを見せていただきました。

“前に進みやすくなるように追うこと”が重要


 もう一つ注目したのは日曜日の東京8Rベゴニア賞。4番人気だったレッドラディエンスが勝ち、鞍上ライアン・ムーア騎手の騎乗はやはり一味違うなと実感しました。

 1番人気だった祐一君の馬をマークする形で進んでいて、3、4コーナーで追っているんですけど、追っている質が違うんです。

 基本的に追うと前に進むわけですが、そうではなくて、前に進みやすくなるように追っている、ここがすごく重要です。マークする馬がいる上での3、4コーナーの回り方はいくつかパターンがありますが、手ごたえよく我慢している、多少離されてもコーナーを回り切るまでは我慢している、離されないように全力で追う、というのが主な選択肢ではないでしょうか。

 でもムーア騎手はこのパターンではなく、先ほども言ったように前に進みやすくなるように追っている。言葉で説明するのは難しいのですが、腰を入れて背中で圧を掛けているんです。手はあまり動いてはいないけれどクビの動きに合わせている感じで、背中から圧が掛かるので前に伸びるという形。4コーナーを回って手前を替えたら弾けるわけです。

哲三の眼

「やはり一味違う」ライアン・ムーア騎手の騎乗 (撮影:下野雄規)


 パッと反応して前に行くのではなく、反応するのを遅らせながら体は早く動く態勢を作って行く。エンジンを温める、吹かすという論理とはまた少し違って、それは手でやったり腰でやったりするんですが、ムーア騎手のように背中で出来る人はあまりいない印象です。

 例えるならば、ケチャップを思い浮かべていただくと分かりやすいかもしれません。下が少し広くなっていて、広いところから押していけるから中の物体が出やすいですよね。でも出す時の分量の調整は意外と難しくて、少し詰まっていたりすると、なかなか出て来なかったり、一気にぶわっと出てしまったりします。

 一昔前の日本の馬は、そういう感じで一気の脚を使う馬が活躍しました。でも一気に出すと無駄に出たり、出切らなかったりしますよね。今の馬たちはさらに容量が大きくなっていて、一気に出すよりも連動して少しずつ放出していくことが求められています。だから計算して使える騎手、コントロール出来る騎手の方が活躍しているイメージです。

 出ない出ないと言いながら、何もない空間をただ押しても出るわけないですし、固まっているところを力ずくで押して、一気に出てしまったら無駄になります。横からダメなら上から押してみるという発想が大事なのではないでしょうか。

 8Rのムーア騎手は、向正面で少し左右に行って揺さぶりをかけている場面があります。あの騎乗にはいくつかの意図があったと思いますが、馬に対してレース中にいろいろなアプローチをしているわけです。短期免許取得取り下げは残念ですが、日曜日だけでもさすがだなと感じる騎乗を見せてくれました。

1970年9月17日生まれ。1989年に騎手デビューを果たし、以降はJRA・地方問わずに活躍。2014年に引退し、競馬解説者に転身。通算勝利数は954勝、うちGI勝利は11勝(ともに地方含む)。

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