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「松山弘平騎手」の新人時代は――師匠・池添兼雄師の証言「競馬に至るまでの日々の姿勢を大事に」

  • 2022年03月09日(水) 18時02分
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▲デアリングタクトで牝馬三冠、松山騎手はいかにトップへと駆け上がったのか (C)netkeiba.com


先週の競馬で、初々しい新人騎手たちがデビューの時を迎えました。近年目立つのが、若手騎手たちの活躍ぶり。競馬界の新たな活気となっています。そこで、いま特に輝いている横山武史騎手と松山弘平騎手の師匠に、「新人の頃はどんな騎手だったのか」「どうやってトップへの階段を駆け上がっていったのか」をお聞きします。

今回登場するのは松山騎手の師匠、池添兼雄調教師。2009年のデビュー以降、着実に勝ち星を伸ばし続け、2020年にはデアリングタクトで牝馬三冠を達成。普段は物静かでおっとりしている松山騎手が、勝負の世界で力強く勝ち抜いている理由とは?

(取材・構成=不破由妃子)

「私が怒ったのは一回だけです」


──いまや押しも押されもせぬトップジョッキーとなった松山弘平騎手。池添先生にとっては、開業10年目に迎えた初めての弟子でしたよね。

池添 そうですね。私もこの世界でずっと生きてきた人間ですから、ひとりくらいは弟子を育ててみたいなという思いがありました。

 ただ、ちゃんと育てようと思ったら、それだけ競馬にも乗せなくちゃいけない。開業10年目あたりは、なんとか厩舎が軌道に乗り出した頃で、今なら引き受けてもいいかなぁと思ったときに、競馬学校から話をいただいてね。

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▲松山騎手の師匠、池添兼雄調教師 (C)netkeiba.com


──松山騎手の第一印象は?

池添 関西の人間なんですけどね、弘平はほら、おっとりしているというか、物静かな喋り方をするでしょ? だから、「こんな感じで勝負の世界で生きていけるのかな…」というのが第一印象でしたね。

──厩舎実習時代の松山騎手には、どんな印象がありますか?

池添 デビュー前から、馬に乗せればしっかりしていましたよ。ただ、騎手候補生の頃、一度だけ出遅れ(朝寝坊)したことがあったんですよ。そのときにね、「競馬学校に帰るか? 帰ってもいいぞ」と怒ったことがありました。

──そのお話、松山騎手からも聞いたことがあるような…。

池添 ああ、そうですか(笑)。それ一回だけですからね、私が怒ったのは。弘平は、「頑張りますから、お願いします」と言ってね。あれから十数年が経ちますけど、以来、朝出てこなかったことは一度もないですね。

──よっぽど堪えたんでしょうね。

池添 だと思います(笑)。普段からゴチャゴチャ言うほうではないですからね、私も。調教や競馬の技術にしても自分で身につけていくものですから、とやかく言ったことはないです。

 その代わりというわけではないですが、2週間に一回くらいかな、私の家で一緒に夕食を食べるようにしていましたけどね。

──それは、弟子を取る上で決めていたことなんですか?

池添 うちには謙一(騎手)と学(調教師)がいますけど、弘平は三男坊として育てるつもりでいました。となれば、家族ぐるみの付き合いが必要だなと思っていたし、そういう時間を持つなかで、世間話も競馬の話もちょこちょこできるじゃないですか。結婚して父親になった今でも、家族ぐるみの付き合いをしていますからね。

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▲デビュー前、模擬レースの際の松山騎手(右)と同期たち (撮影:下野雄規)


デビュー2年目での落馬事故を境に…


──松山騎手といえば、デビュー初日に自厩舎の馬で2勝。初日に2勝は福永祐一騎手以来の記録でしたね。

池添 あの年は、3月1日が日曜日だったんですよ。1日付でデビューできるだけでも珍しいことなのに、しかも3月1日は弘平の誕生日でね。

──先生、大きなプレゼントを用意されたんですね。

池添 初日に2勝の記録はあるけど、3勝はない。だったら記録を作ってやろうと思って、上手くいけば3勝させられるかもしれないというつもりで馬を用意しました。

──いざデビューを迎えたとき、どんな気持ちで送り出されたのか、当時の心境は覚えていますか?

池添 もちろん覚えてますよ。「ちょっと外を回ってもいいから、砂を被らないように乗ってこい」と送り出しました。ゲートも上手く出て、しっかり勝ち切ってくれてね(2009年3月1日・小倉1R・3歳未勝利・トミケンプライマリ5番人気1着)。

 それ以前に、競馬学校時代に模擬レースを勝った姿を見たときから「これなら大丈夫だな」と思っていたので、ハラハラするようなことはなかったですね。

──先生から見て、軌道に乗るきっかけといいますか、松山騎手の転機について思い当たる出来事はありますか?

池添 1年目はおかげさまで新人賞を獲ることができたんですけど、2年目にね、落馬でケガをして入院したことがあるんですよ。

──ケガが続いた時期がありましたね。

池添 そうなんです。そのときに、病院で泣いていたみたいで。そんな弘平の姿を見て、うちの家内が「勝負の世界で生きる男が、こんなことでメソメソしていたらやっていけんよ」と言ったみたいなんです。

 それ以来、ちょっと変わったような印象がありますね。競馬も積極的になって、気持ちが切り替えられたのかなと思いましたけどね。

──3年目の2月にフリーに転向。どういった経緯があったのでしょうか。

池添 私がフリーになれと言ったんです。自分の厩舎だけで彼を縛ったら、伸びないと思いましたから。フリーになれば、いろんな厩舎を回って乗れますからね。

 当時からここまでになることを見抜いていたわけではありませんが、弘平はとにかく真面目だから、フリーになればかなりの鞍数を乗れるやろうなとは思っていました。

──フリーになってからも、朝一番は必ず池添厩舎に顔を出してから調教に向かうと聞きました。

池添 そうなんですよ。毎朝、掃き掃除をしてくれたりね。どんどん一流に近づいているジョッキーが、誰に言われたわけでもなく、毎朝元所属厩舎の掃除をする。今の子で、それができる人間がどれだけいるか…。

──やっぱりいませんか?

池添 いませんよ。なかなかできることじゃない。だからなおさらかわいくなるし、周りからもかわいがられるんじゃないですかね。

──そういう姿勢も、現在のポジションにつながっているのかもしれませんね。

池添 それは絶対にあると思いますよ。あとはやっぱり、池江(泰寿厩舎)くんのところのアルアインでGIを勝たせてもらってね(2017年皐月賞)。ダービーまで乗せてもらって、あの経験が自信につながっていったのかなと思いますけどね。

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▲▼自身のGI初制覇となったアルアインの皐月賞 (撮影:下野雄規)


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いつかはリーディングを「その可能性のある子だから」


──ここまでに出てきたエピソードからも伝わってきますが、控え目でおとなしいイメージとは裏腹に、ものすごい芯の強さを持ったジョッキーですよね。

池添 そうですね。それが競馬に乗ったときに生きているんじゃないですか。それに、表情にはあまり出さないけど、弘平はホンマに負けず嫌いですわ。

 とにかく一戦一戦、全力投球やし、決して途中であきらめることをせず、最後の最後まで必死に頑張る。だからみんなにかわいがってもらえて、これだけ乗せてもらえるんですよ。

──それこそが“ジョッキー・松山弘平”の強みだと。

池添 そう思います。それに、もともとの喋り方もありますが、天狗になったような物言いは決してしない子ですからね。そこも彼のいいところだと思う。

 レース後も、次につながるちょこっとしたヒントをくれたりね。それができるのは、あれだけの頭数に乗っていながら、1頭1頭とちゃんと向き合っている証拠だろうなと思います。

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▲松山騎手が愛される理由が、師匠の言葉から見えてくる (C)netkeiba.com


──先生も定年まであと1年。今年は松山騎手にとっても大事な1年になるでしょうね。

池添 私の最後の年に、リーディングを獲ってくれないかなとは思っているんですけど(笑)。もちろん、私が定年してからでも、彼ならリーディングを獲れる日がくるとは思います。その可能性のある子だから。

──最後になりますが、トップジョッキーを育てた師匠として、若手騎手たちに伝えたいことはありますか?

池添 やっぱり大事なのは“普段”ですよね。弘平の話からもわかるように、毎日毎日の姿勢が一番大事。フリーになったとしたら、ジッとしているのではなく、「調教を手伝わせてください」と自分から申し出るくらいの気持ちでやっていくべきです。

 こちらとしても、手伝ってもらったら「一鞍でも乗せてあげようか」となりますから。去年、新人賞を獲った小沢(大仁騎手)くんなんか、「空いてますので、なにか乗せていただけませんか?」としょっちゅう声を掛けてきますよ。

 やっぱり、そういう子ってかわいいし、それだけ仕事に一生懸命ということだから、こちらも応援してあげたいなという気持ちになります。

──応援してくれる人が多ければ多いほど、チャンスも増えますからね。

池添 そうです。だから、競馬ももちろん大事ですが、そこに至るまでの日々を一番大事にしていってほしいですね。

(文中敬称略、次回は3/16に騎手ご本人たちが登場予定)

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