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直線での接触も想定内 緻密な戦略で勝ち取った桜花賞を振り返る 【月刊 川田将雅】

  • 2022年04月21日(木) 18時02分
VOICE

▲「求められる結果を得ることができた」達成感をにじませる川田騎手 (C)netkeiba.com


クラシック第一弾が終了。桜花賞では、7番人気のスターズオンアースを見事桜の女王へと導いた川田騎手。ダノンベルーガと挑んだ皐月賞は、4着ながらもダービーへの手応えを感じられる一戦となりました。今回のコラムは、この両GIを回顧します。

特に桜花賞は、直線で激しい接触が。あのアクシデントにどう対処したのか問うと、「接触する前から、ああなることはわかっていましたよ」と川田騎手。……それはいったい、どういうことなのか?? GIを勝ち取った川田騎手の、緻密な戦略に迫ります。

(取材・構成=不破由妃子)

「そこまで見えていないと、今回の桜花賞は勝てなかった」


──桜花賞では、テン乗りのスターズオンアースを桜の女王に導きました。7番人気という評価のなか、川田さんの腕が際立った一戦だったと思うのですが、まずは美浦に駆けつけて最終追い切りの手綱を取った収穫から教えてください。

川田 跨った時点で、背中の良さは十分に伝わってきました。右にモタれる癖があり、勝ち切れなかった馬ですが、調教に乗って、なぜモタれてしまうのかも僕なりに理解しました。バランスよく走れるように動きを教えながら、改善につながる案をスタッフの方に伝え、あとはお任せして本番を待つだけでしたね。

──レースは4枠8番からのスタート。中団からの競馬で、道中は促しながらの追走に見えましたが、手応えとしてはもうひとつだった?

川田 2、3完歩目が進んで行けず、あの位置からになりましたが、前半促していたのはポジションを上げたかったわけではなく、ポジションが下がり過ぎないようにしつつ、馬の動きを作りたかったから。想定していたより動けていなかったのは確かなので、動きを作りつつの競馬になりましたね。

──4コーナーでは、内目へ迷いのない誘導。一か八かの選択だったのでしょうか。

川田 あの日の馬場状態、あのメンバー構成、あの展開のなかで、勝たせるための選択として、内から捌くことを選びました。桜花賞に限らず、僕のなかでは“一か八か”という選択をすることはないです。結果、前が開かなかったとしても、それが競馬ですから。

 進路が開かなかったとき、よく外国人ジョッキーは「アンラッキーだったね」とか「今日は彼女の日じゃなかったね」とか言うじゃないですか。本来、競馬ってそういうものだと僕も思ってます。

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1985年10月15日、佐賀県生まれ。曾祖父、祖父、父、伯父が調教師という競馬一家。2004年にデビュー。同期は藤岡佑介、津村明秀、吉田隼人ら。2008年にキャプテントゥーレで皐月賞を勝利し、GI及びクラシック競走初制覇を飾る。2016年にマカヒキで日本ダービーを勝利し、ダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を達成。

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