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ヒノキの匂い、豊かな自然―― 競走馬がリラックスできる環境を

  • 2022年05月03日(火) 18時00分
コロナが少しずつ収まりを見せ、大型連休は旅行やレジャーを楽しむ人も一気に増えました。この2年間は自粛を強いられ、ストレスから体調を崩した人もいたことと思います。改めて精神的ストレスは体にとって大きな負担となることを実感した期間でもありました。

ストレスが負担となるのは競走馬も同じで、各厩舎や牧場は様々な方法で競走馬が少しでもリラックスできるよう工夫しています。その一端を垣間見られたのが佐賀競馬に厩舎を構える川田孝好調教師のお話。そこには、かつてウオッカやヴィクトワールピサを育て、馬房に敷くチップの匂いにこだわった角居勝彦元調教師(JRA)との共通点も見えてきました。

競走馬のリラックスにまつわる「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。

サラブレッドは“血統書付き”だからこそ、敬意を払わないと


 先月からnetkeibaニュースにて佐賀競馬の関係者のインタビューが掲載されています。重賞レースに合わせての不定期掲載なのですが、佐賀を代表する騎手や調教師、そして今後はレースを支えるバリエーション豊かな方々にご登場いただく予定です。

 すでに掲載されたインタビューに川田孝好調教師がいます。ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフや日本ダービーなど国内外で数々のビッグレースを制する川田将雅騎手(JRA)のお父様です。

 地方競馬はバブル崩壊後、90年代後半〜2000年代初頭に財政的に非常に厳しい環境に置かれたため、スタンドや厩舎が老朽化しても改修費用がなかなか工面できずそのまま使用しているところも少なくありません。

 特に厩舎はそう感じる一つ。競馬中継などによく映るJRA栗東トレーニングセンターの厩舎の約9割がここ十数年に建てられた新しい厩舎ということもあってか、なおさら古い感じが否めません。

 近年は売り上げが回復して体力が備わり、今後厩舎の新築や改修工事を視野に入れている地方競馬場も多くありますが、現状では与えられた昔の厩舎で最大限の環境をつくらねばなりません。

 そんな状況において、川田厩舎はとても手入れが行き届き、パッと見て心地よく感じる厩舎にされていました。

馬ニアックな世界

▲西日本の地方競馬の厩舎でも屈指の綺麗さを誇る川田孝好厩舎。まだ寒い季節の取材時でも、綺麗な花が咲いていました。


 馬房前の廊下には寝藁やカイバ桶からこぼれたエサがすぐに散らかりやすいのですが、そんなことを感じさせないほど丁寧に掃き掃除がされ、厩舎の入り口には花が植えられてテラスコーナーも。入口扉もペンキを塗って緑色に変えています。

馬ニアックな世界

▲厩舎入り口が綺麗に手入れされた川田孝好厩舎。


 西日本の地方競馬場すべての厩舎地区へ取材に行ったことがありますが、初めて川田厩舎を訪れて思わず、「すごく綺麗にされていますね」と感動していると、「私にとっては当たり前のことなんですよ」と川田調教師。

 そうは言っても、なかなかここまで丁寧に手入れをされている厩舎は見たことがないなぁと思いながら取材をしていると、こういうことだったのです。

「サラブレッドは血統を辿っていけば必ず三大始祖に行きつきますが、じゃあ我々人間はどうかと言ったら、よっぽど名家じゃなければせいぜい辿れて数代前まで。そういった意味では、サラブレッドは私たちよりもよっぽど高貴な生き物なんですよね。そんな彼らを馬小屋と言われるところに留めておくからには、そのくらい敬意を払わないといけないと思っています」

 そう、サラブレッドは必ず血統書のついた動物。犬や猫では「血統書付きの」という肩書が価値を上げるようですが、サラブレッドはもれなく全頭が血統書付きなのです。

 さらにこう続けました。

「馬は緑を見るとリラックスするんです。佐賀競馬ではJRAのようにレースとレースの合間に牧場へ出してリフレッシュさせることが容易にはできず、基本的に在厩調整ですから、いかにストレスが溜まらないようにするかを考えています。ストレスが溜まってパフォーマンスが下がってはいけませんからね。

 幸いにも私の厩舎がある場所は一番端。すぐ横は山になっていて、緑豊かなんですよ。特にこれからの季節は緑がどんどん濃くなってきて、しかも夕方になれば人や車もほとんど通りませんから、すごく静かで気に入っているんです」

 競走馬=アスリートという視点で考えると、調教などで「鍛えること」につい目がいくのですが、川田調教師は「どれだけストレスを溜めないか」ということにも重点を置いているのでした。

吉野杉やヒノキにこだわった馬房のチップ


 この話を聞きながら思い出したのは、昨年2月に勇退した角居勝彦調教師。ウオッカで牝馬として64年ぶりに日本ダービーを制し、ヴィクトワールピサでは日本馬初のドバイワールドカップ制覇を果たした名伯楽も

「栗東トレセンには逍遥馬道がありますが、それ以外は基本的に草の匂いも木の匂いもしないところで生活します。だから、少しでもリラックスできる部分をつくれればいいなと思います」と話していました。

 その取り組みの一つが、香りにこだわったチップ。栗東トレセンでは馬房に藁ではなく木の削りくずであるチップを使う厩舎がほとんどなのですが、その木材を吉野杉やヒノキにこだわり、馬房に敷けばふわっといい香りがしていました。

馬ニアックな世界

▲こだわりのチップを見せてくださった角居勝彦元調教師(2017年撮影)


「馬がその香りをどこまで認識しているかは分かりませんが、少しでもリラックスできればと思っています」

 ヒノキの香りにはリラックス効果があると科学的に言われています。一つ一つにこだわって、ほんの少しでも競走馬のストレスを和らげる環境を整えようとされていたのでした。

馬ニアックな世界

▲たっぷりとチップが敷き詰められた角居厩舎の馬房。ふかふかで、いい香りがしていて馬も気持ちよさそう


 レースの予想をしていると、「調教でいい動きをしているか」や「今回からメンコを着ける」といった何か足し算の要素を探そうとしてしまいますが、もしかしたら「いかにマイナス要素を取り除けるか」がとても大切なのかもしれない、と感じさせられました。

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競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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