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『僕の人生はすべてインパルスのためにある』応援し続けたダイワインパルスが愛馬に(3)

  • 2022年05月24日(火) 18時00分
第二のストーリー

ついにMさんの愛馬となったダイワインパルス(提供:Mさん)


「インパルスが生きている間は死ねない」


 Mさん曰く、愛馬となったダイワインパルスは「優等生」なのだそうだ。

「従順で覚えが良いです。わざと傘を閉じたり開いたりバサバサさせて、その音に驚かないようにするというグランドワークがあるのですけど、それにもすぐに慣れてくれましたし、こちらの指示はちゃんと聞いてくれますね」

 だが、たまに自分の意志を簡単には曲げない頑固な面を見せることもある。

「場内に生えている草をよく食べさせるのですが、そろそろ帰ろうと促しても、なかなか動いてくれないんです。帰らないという堅い意志を感じますね。イチャキナ(前回紹介)の場合は、帰るよと言うと最初はゴネるんですけど、わかりましたーという感じでわりとすぐに動いてくれるのですけどね」

 草を食べ続けるインパルスに2時間近く付き合って、やっと馬房に戻るということも多々あるとMさんは苦笑いしていた。

 乗馬のリトレーニングも阿見乗馬クラブ代表の松永光晴さんに依頼している。

「僕でも乗れるくらいなので、他の乗馬クラブでも需要があると思いますよ」

 阿見乗馬クラブに自馬(トモジャポルックス)を預託しているJRAの鈴木伸尋調教師からも褒められたという。

「松永さんがインパルスの調馬索をしているところをご覧になられたみたいで、良い馬だから大事にした方がいいよと声をかけていただきました」

 ただ最近は苦労していることもある。

「最初はスイスイ駈歩もできていたのですが、最近では僕が乗ると動きが重くなってしまって、動かすのにちょっと苦労しています。なので今は僕が駈歩をするのは一旦お休みしています」

 馬は人を見ると言われているように、初心者が乗るとなかなか指示に従わないのに、インストラクターなど上手な人が跨ると一転してキビキビ動くというのはよくあることだ。インパルスも、そういう面が見られてきた。

「そこはもう受け入れるしかないと思っていますね」

 そんなインパルスだが、Mさんを特別な存在と認めてはいるようだ。

「いつもはクールな感じなのに、僕が来ると甘えたりちょっかいをかけたりして態度が違うと、クラブのスタッフが教えてくれました。そんなことないですよと言いながら、ニヤニヤしていたと思います(笑)」

 動物は自分を大切に思ってくれる存在をちゃんと理解しているのだろう。

第二のストーリー

うっとりした表情のダイワインパルス(提供:Mさん)


「スタッフさんが言うように、結構ちょっかいを出してきたり、甘えたりしてきますね。甘噛みもしますよ。可愛いですけど、馬のちょっかいや甘噛みは痛いです。でもそれも幸せなのかなと思いますね」

 現役の競走馬時代は、パドックやレースコースなどインパルスは常に柵の向こうにいる手の届かない存在だった。それだけにこの状況が夢なのではないかと、疑う瞬間もあるそうだ。

「インパルスを引き取ったと喜んだら、目が覚めて夢だったというのが何度もありました。だからもしかすると長い夢を見ているのではないかと思うこともあります」

 だが実際は夢ではないことも、自覚している。

「自分よりもインパルスという感じで、僕の人生はすべてインパルスのためにあるようなものです。これまでは食生活なんてどうでもいいやと考えていましたけど、インパルスが生きている間は死ねないなと。だから食生活も見直して健康に気を付けなければと思っています」

 母馬の名付け親になったところから始まったストーリー。その中でMさんには、もう1頭忘れられない馬がいる。それはインパルスの1歳下の妹のヨアソビだ。可能な時は、競馬場に足を運んで応援していた。

第二のストーリー

ダイワインパルスの妹、ヨアソビ(提供:Mさん)


「最後のレースとなった浦和競馬場の向正面で失速して、ジョッキーが落馬して馬はバタンと倒れました」

 鼻出血が起因しての疾病により、ヨアソビは天国へと旅立った。

 インパルス同様、身近に感じていた馬の非業の死をMさんはしばらく引きずった。そのヨアソビの分も、インパルスには長く生きてほしい。Mさんはそう願いながら、インパルスに愛情を注いでいる。

(了)
※次回の更新は7月となります。

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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