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なぜジョッキーは左側から馬に乗るのか

  • 2022年05月26日(木) 12時00分
 仕事場の本棚が満杯になり、本や雑誌が机や床に山積みになっているので、掲載誌のスクラップづくりを始めた。

 平綴じの雑誌を真ん中でひらき、背からホッチキスを外す。そして、表紙と目次、自分の書いたページを抜き取り、それを折ってファイルに格納する、という作業だ。

 これを2、30回も繰り返すと、本棚の空きスペースが一気にひろがる。

 その作業だけならさほど時間はかからないのだが、自分の書いた記事を探しながらほかの記事も読んでしまうので、気がつけば、ものすごく時間が経っている。

 1990年代なかごろの「競馬の達人」(光文社)のQ&Aコーナーも面白かった。なかでも興味を引かれたのは、「Q なぜジョッキーは左側から馬に乗るのか? 」というQ&Aだ。

 回答を、原文ママで、以下に引用する。

「昔、西洋の騎士はサーベルが引っかからないように、馬の左側から騎乗していました。西洋からきた競馬もその騎乗法を受け継いでいるという説があります。しかし、最大の理由は『乗りやすいから』では。

誰から教わったわけでもないのに、ほとんどの人が左から自転車に乗るじゃないですか。ただし、佐賀競馬だけは、なぜか右から乗ってるそうですよ」(JRA競走馬総合研究所・楠瀬良博士)

「佐賀は『葉隠』でも知られるように、武士道にゆかりのある土地からして、その名残りで右から乗ってるんだと、古い調教師さんが言っておられました。

騎士は左からですが、日本の武士は右から乗るんです。いつ襲われてもすぐ刀が抜けるように右手を空けておくわけですな」(佐賀競馬場企画労務課長・百崎氏)

 しかし、私の記憶では、佐賀で騎手が右から乗っているところを見たことがなかった。

 交流重賞が始まり、外部の人馬の出入りが多くなってから、伝統が消滅してしまったのだろうか。

 それを確かめるべく、以前、「日本初の名牝」ミラの血を引くタイムオブレディーを管理していた、佐賀競馬場の土井道隆調教師に話を聞いた。土井師は1968年生まれの53歳。1986年から2002年まで騎手として活躍した。

「いや、私が騎手だったときも、左から馬に乗っていました。佐賀で右から乗っていたというのは聞いたことがないですね。ただ、佐賀のパドックは、日本でただひとつ、右回りなんです。

やはり、武士道の名残で、右手が使えるようにということで、古い厩務員は右から馬を曳いています。若い厩務員は、『右曳き』ではなく、左からの『普通曳き』ですけどね」

 ということは、佐賀で右から馬に乗っていたのは、少なくとも、土井師が騎手になった1986年より前のことだったのか。

 こういうテーマは多方面から確かめたほうがいいので、タイムオブレディーを取材したときお世話になった佐賀県競馬組合の担当者とコンタクトしようとしていたのだが、連絡がつかなかった。

 佐賀県競馬組合の名誉のために申し添えると、悪いのは先方ではなく、電話番号の下4桁を間違えてかけつづけていた私である。

 その間違いに気づき、正しい番号にかけたら、事務職員は不在の日で、翌日から出てくるとのことだった。〆切には間に合わないので、後日、あらためて連絡したいと思う(間違えて呼び出し音を鳴らしてしまった方には、この場を借りてお詫びします)

 私は、こうして掲載誌を整理するまでは、満杯の書棚を眺めて「ずいぶん頑張ってきたなあ」としみじみ思うこともあったのだが、スクラップすると、百円ショップで買ったファイル数冊に10年、20年分の記事が簡単におさまってしまい、拍子抜けした。

 やはり、たいしたことはしていなかったのか。

 この薄さが、自分の物書きとしての30数年間の厚みだとは思いたくないので、もっと頑張らなくては。

 先週、久しぶりに東京競馬場に行った。

 往路は多摩川沿いの道を通ったのだが、土手でジョギングする人たちは、私が見た限り、みなノーマスクだった。

 東京競馬場の入場人員は3万人ほどだったのだが、この3倍や4倍の人数が、どうやってここに入ったのかと不思議になるくらい、人が多く見えた。

 3年前までは10万人を超える観客のなかで当たり前に競馬を見ていたのだから、この人の多さにも、そのうち慣れるのだろう。

 さあ、ダービーの検討を始めよう。

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作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第5弾『ファイナルオッズ』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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