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スポーツと敬語

  • 2022年06月16日(木) 12時00分
 先日、今年の相馬野馬追の取材申請をした。相馬野馬追執行委員会から送られてきたメールのリンクから申請フォームに飛ぶという形である。そのあと、執行委員会の知り合いに「私の連載コラムに掲載予定ということで申請させていただきました」とお礼のメールを出した。

 この「させていただく」という表現は、敬意を強く出しすぎておかしいし、慇懃無礼と受け止められるからやめたほうがいい、と言う人もいる。本当にそうだろうか。

 文化庁の「敬語の指針」によると、自分のすることが、相手側または第三者の許可を受けて行うことで、それによって恩恵を受けるという事実や気持ちがある場合には使っていいらしい。つまり、許可の必要性や、恩恵があまりない場合は、使うべきではない、ということになる。

 私の使い方はどうか。取材申請は、取材を許可してもらうためのものであり、申請自体も、期限や要件を満たしていないとできないので、許可を受けて行うと言えそうだ。で、取材エリアに入ることができるという恩恵を受ける。

「申請しました」では、受理されて当然と思っているかのように取られかねないし、素っ気なさすぎる。やはり、これはこれでいいのだろう。

 以前、本稿に記したこともあるのだが、「書かせていただく」と表現するのは、先年亡くなったかなざわいっせいさんに「物書きがそう表現するのはおかしいのではないか」と指摘されてから、やめた。文化庁の指針に照らすと、版元の許可を受けて書いていると言えなくもないが、何かをさせてもらっているというより、プロとして、技術なり、労働力なりを提供しているだけだ。原稿料や、メディアに名前が出ることが恩恵であることは確かだが、あくまで仕事に付随するもので、恩恵というより対価である。

 では、それほど頻繁ではないが、ときおり耳にする、騎手が「乗せていただく」とか「勝たせていただく」と言うことについてはどうか。「乗せていただく」は、依頼を受けて技術を提供するのにこう表現するのはおかしい、というあたり、物書きにとっての「書かせていただく」に近い。が、馬主や調教師の許可が要ることに関しては、物書きが版元の許可を得ることより直接的だし、許可が必要な度合いも強い。

 なので、私の感覚としては、勝利騎手インタビューなど不特定多数の人の前で言うのはやめたほうがいいように思うが、馬主が主催した祝勝会や、関係者と直に話すときなどは、使っても違和感がないような気がする。

 ただ、「勝たせていただく」は、許可云々とは無関係だし、「2着以下の人馬のおかげで勝てました」とでも言いたげな、嫌味なニュアンスがついて回る。たとえ閉ざされた場であっても使うべきではないと思う。

「勝たせてもらう」もよく聞くが、これは、「このレースを3勝させてもらったけど」といったように、発言者の「気取り」のようなものを感じさせる効果もあるので、またちょっと別か。

 敬語は、相手との上下関係のほか、相手との距離感によっても使い方が変わってくる。特に、若い人ほど、相手との距離の取り方がわからず、自信が持てないので、敬意を強めにするほうが無難だとの判断から、しつこめの表現になるようだ。確かに、「失礼します」や「お願いします」で十分なところに「いたします」をつけるのは、若い人ほど多いような気がする。

 人前で口にする敬語について、競馬学校ではどこまで教えているのだろうか。

 ほかにも、スポーツと敬語に関して、私がずっと気にしていることがある。それは、我が軍(読売巨人軍)のヒーローインタビューで、若手選手がお立ち台に上がったときに生じる問題だ。特に、投手が立ったとき、「ああ、またあの言葉を口にするのではないか」とハラハラしてしまう。

 それは「野手の方々」という言葉である。「野手の方々が点を取ってくださったおかげで、伸び伸び投げることができました」などと爽やかに言われると、毎度、ひっくり返りそうになる。私はほかのチームのヒーローインタビューをあまり見たことがないのでよくわからないのだが、これは我が軍固有の問題なのだろうか。

 ともかく、不特定多数の前で話すときは、「野手が点を取ってくれたおかげで」でいい。プロのスポーツ選手は個人事業主だから、それぞれ独立した存在であることは確かだが、外から見たらみな「読売巨人軍」という組織の一員である。

 同じ組織の人間に関して外部の人に話すときは、敬称略にして、謙譲語を使うのが普通だ。それでも、我が軍の若手投手が「監督の原が申しましたように、捕手の小林がいいリードをしてくれたおかげで」と言うのはやはりおかしい。そこは「監督も話していたように、小林さんがいいリードをしてくれたので」と、丁寧に言えばいいだろう。

 問題の「野手の方々」も、チーム内のミーティングなどで、若手投手が先輩野手と直接話すときなら、そう言ってもいいような気もする。いや、やはりせいぜい「野手のみなさん」くらいでいいのではないか。まあ、そのへんはチーム内のことなので、あまり口を出すべきことではないかもしれないが。

 敬語とひと括りに言っても、尊敬語と謙譲語、丁寧語があり、時代とともに適切な使い方が変わっていくし、私も正しい使い方をしているのかどうか自信がない。とにかく、自分が明らかにおかしな使い方をしていることに気がついたら、その都度すぐに改めていくしかない。

 そう、間違っていたら改めます。「改めさせていただきます」とは言いません。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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