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【鮫島克駿×藤岡佑介】「上手い子が出てきたなぁ」先輩を唸らせた克駿騎手の初勝利レース/第2回

  • 2022年07月27日(水) 18時01分
“with佑”

▲現在急成長中、克駿騎手の強みとは(撮影:桂伸也)


第2回となる今回は克駿騎手のデビューからの歩みに迫ります。初年度にJRA賞最多勝利新人騎手を獲得するなど早くから活躍していた克駿騎手ですが、本人としては満足のいく結果ではなかったとのこと。しかしそんな克駿騎手を佑介騎手は「デビュー当時から“上手いな”と思ってた」と明かします。

「本当に上手かった」と挙げたレースはなんと克駿騎手の初勝利レース。同じレースに騎乗していた佑介騎手は、新人克駿騎手のある動作にビックリしたと当時を振り返ります。そんなエピソードから克駿騎手の強みや、福永騎手の特別指導だけじゃない、もう一つの躍進の理由が明らかになります。

(取材・構成=不破由妃子)

デビューしたばかりでこんなことができるんや


──デビュー年(2015年)に39勝を挙げ、JRA賞最多勝利新人騎手を獲得。その後も毎年コンスタントに30〜40勝を挙げられていたわけですが、このデビューして数年の成績について、ご自身ではどう受け止めていましたか?

克駿 全然ダメだなと思っていました。重賞も勝てませんでしたし、G気眩漢馨茲辰討覆て。

佑介 G気任いΔ函2020年までは4鞍だもんな。それが去年一年だけで9鞍。一気に増えた。

克駿 はい。確かにコンスタントに30〜40は勝っていましたけど、リーディングの上位には全然入っていけなくて。トップ10に入るような人は、毎週たくさん勝つことがあるので、週ごとにガラッと順位が替わったりするじゃないですか。でも、年間30〜40くらいの数字だと、リーディングの順位はずっと同じような位置で。勝っても負けても一緒だなぁと思ったりして、デビューして5年くらいは全然満足できなかったです。

佑介 デビュー当時から「上手いな」と思ってたけどな。なかでも初勝利のレース(2015年3月14日・中京2R・3歳未勝利・タピエス)は、本当に上手かった。

克駿 佑介さん、いつもあのレースを褒めてくださいますよね。

“with佑”

▲克駿騎手の初勝利となったレース(c)netkeiba.com


──どういう点を褒められるんですか?

克駿 佑介さんを抜いたタイミングで、僕がステッキを持ち替えたんですけど、それをすごく褒めてくれるんです。

佑介 持ち替えるタイミングや動作も含めて、めっちゃ冷静やったから。アピールするためにやったわけでもないし、動きをちゃんと考えて持ち替えていたから、デビューしたばかりでこんなことができるんやって、ビックリした記憶がある。だって、初勝利なるかっていう勝負どころだよ? 普通は必死やん。上手い子が出てきたなぁと思ったよ。今ならわかるけど、克駿は冷静。レース後に熱くなっているところとか見たことがない。

克駿 熱くなることはまったくないですね。

佑介 「あ〜、失敗した…」とぼやくくらい(笑)。

克駿 そうですね(笑)。先輩に怒られることはあっても、後輩を怒ったりすることは絶対にないです。僕、5年目くらいまで、めっちゃ怒られてましたから(苦笑)。1年目はとくに、ものすごく制裁が多くて

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JRAジョッキーの藤岡佑介がホスト役となり、騎手仲間や調教師、厩舎スタッフなど、ホースマンの本音に斬り込む対談企画。関係者からの人望も厚い藤岡佑介が、毎月ゲストの素顔や新たな一面をグイグイ引き出し、“ここでしか読めない”深い競馬トークを繰り広げます。

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1986年3月17日、滋賀県生まれ。父・健一はJRAの調教師、弟・康太もJRAジョッキーという競馬一家。2004年にデビュー。同期は川田将雅、吉田隼人、津村明秀ら。同年に35勝を挙げJRA賞最多勝利新人騎手を獲得。2005年、アズマサンダースで京都牝馬Sを勝利し重賞初制覇。2013年の長期フランス遠征で、海外初勝利をマーク。2018年には、ケイアイノーテックでNHKマイルCに勝利。GI初制覇を飾った。

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