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タイキシャトルと過ごした日々(4)「シャトルは、この時を選んで天に召された気がする」

  • 2022年09月27日(火) 18時00分
第二のストーリー

天国へ旅立つ2日前、ノーザンレイク代表の川越さんと(提供:ノーザンレイク)


食欲旺盛の“シャトじいじ”


 昨年より毛ヅヤが冴え、馬体にも張りが出てきたタイキシャトル。食欲旺盛に日々を過ごしていた。

 ある日、ふと放牧地に目をやるとシャトルが地面に横たわっていた。倒れているのかと名前を呼びながら走っていくと、歯をのぞかせながら、気持ち良さそうに寝息を立てて寝ていた。四肢を伸ばして放牧地でゴロンと横になっている姿は初めて見たので、少しドキドキしてしまった。

 この日はシャトルの放牧地横に放置されていた、潰れた小屋を撤去するため、作業が始まる前の早朝のみの放牧予定だった。業者が来る前に馬房に戻す予定だったが、4月にしてはポカポカしていたし、いつもより早く放牧に出したので眠くなったのかもしれない。業者の到着時間が近づいてきたので、シャトルに起きるよう促したが、なかなか立ち上がろうとせず、薄目を開けて迷惑そうな表情をしているように見えた。

「シャトル、起きて!」

 と何度か声をかけると、ようやく“ヨッコラショ”という感じで立ち上がり、馬房へと戻っていった。

 アブなどの虫が少なく暑過ぎない快適な4、5月を過ごして6月に入った。6月にしては暑いなと感じる日があったと思ったら、雨が降り気温が下がった。そんな天候が影響したのか、体調を崩して熱発をした。獣医師を呼んで診察を受け処置をしてもらい、2日間は放牧には出ずに舎飼いとなった。3日目にはほぼ平熱に戻り、近づくと噛み付いたりとイタズラも激しくなってきて、獣医師から放牧の許可が下りた。体調回復後はより一層食欲が増し、飼い葉を作っている気配を察するといなないて催促した。ノーザンレイクで飼い葉を鳴きながら激しく催促するのは、6頭のうちシャトルとタッチデュールの2頭だけだった。

 7月に入るとテレビなど映像関係や新聞等の取材が相次いだ。中川翔子さん、DAIGOさんもカメラクルーとともに来訪した。

 1度体調を崩していたので、毎日シャトルの様子をこれまで以上に観察し、陽射しが強くなってきたらすぐに放牧地から馬房に戻した。それでも扇風機の風に当たりながらボーッとしていることが多かった。

第二のストーリー

気持ちよさそうに扇風機の風にあたる(提供:ノーザンレイク)


 なるべく毎日快適に過ごせるよう工夫し、無事に取材を終えられるよう細心の注意を払った。

 最後の映像関係の取材は8月10日。秋シーズンにJRAの競馬場のターフビジョンに流れる功労馬の撮影だった。

 折しも今年、かつてシャトルが優勝したジャックルマロワ賞に日本からバスラットレオンが出走するということで、シャトルに改めて注目が集まった夏でもあった。シャトルの素晴らしさを実感しつつ、噛みつかれたり、無口を素直にかけさせるまで闘いながら過ごしていた。

第二のストーリー

無口をかけさせないタイキシャトルと筆者の攻防は毎朝繰り広げられていた(提供:ノーザンレイク)


 8月16日も相変わらず食欲旺盛で、飼い葉を催促する声も厩舎に響き渡っていた。夕飼いも夜9時過ぎの夜飼いもペロリと平らげた。夜飼い後恒例のおやつタイムでも、私の手のひらから人参を素早く奪い取り、音を立てて食した。おやつタイムが終わってもまだ物足りなさそうにしていたので、久しぶりに黒砂糖を手に取った。高齢馬は糖分の取り過ぎに注意が必要なので、黒砂糖は少し控えていたのだが、この日はなぜかあげてみようという気になり、大きめのを一粒差し出した。シャトルはパクっと口に入れると、美味しそうに食べた。そしてボリボリという各馬の乾草を食む音を耳にしながら、厩舎を後にした。これが午後10時前後だった。

 翌午前5時頃、先に厩舎にいった代表の川越がシャトルが倒れて既に息を引き取っているのを発見した。知らされた私は「何で?」と叫んでいた。馬房に駆け込むとシャトルが倒れている。思わず抱きつき、頬ずりをした。そして

「もっと仲良くしたかったのに、何で死んじゃったの? 何もできなくてごめんね」

 と話しかけていた。

 ショックを引きずりながら、オーナーである引退馬協会に連絡をし、獣医を呼んで死亡診断をしてもらった。獣医は老衰による心不全と診断した。

 シャトルの訃報が引退馬協会から発表されると、ニュースはあっという間に広がった。シャトルの遺体がまだ馬房にあるうちに、花がいくつか届いた。午後には遺体が運び出され、荼毘にふされた。シャトルは目の前からあっという間にいなくなってしまった。

 シャトルが1年と2か月過ごした馬房には祭壇が設けられている。花はいまだに届いている。

第二のストーリー

馬房にはたくさんの花が(提供:ノーザンレイク)


 ジャックルマロワ賞で注目され、毛ヅヤが良く張りのある美しい馬体のシャトルが映像や写真に残った。これは私の思い込みかもしれないが、シャトルはこの時を選んで天に召されたという気がする。だがその一方で、もっと生きてほしかったし、喧嘩をしながらもっと仲良くしたかったとも思った。

 シャトルが旅立って数週間、馬房は花で埋め尽くされた。その花の手入れをしながら、改めて偉大な馬だと実感させられ、少しでもシャトルに関われたことに感謝をしたのだった。
(了)



▽ 引退馬協会 HP
https://rha.or.jp/index.html

▽ ノーザンレイク twitter
https://twitter.com/NLstaff

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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