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天皇賞・秋の親仔制覇

  • 2022年11月03日(木) 12時00分
 先週の天皇賞・秋で、イクイノックスが、1984年のグレード制導入以降の最少記録となるデビュー5戦目で古馬GI制覇をなし遂げた。これは2017年に同レースを勝った父キタサンブラックとの、史上4組目となる親仔制覇でもあった。

 それまで古馬GI制覇最少キャリア記録の「6戦目」を保持していたのは、ファインモーション、リアルインパクト、フィエールマン、クリソベリル、レイパパレ、エフフォーリアの6頭。

 では、過去に天皇賞・秋で親仔制覇を達成した3組は――と調べてみると、グレード制導入以降ただひと組の「1999年スペシャルウィーク・2010年ブエナビスタ」は、すぐにわかった。

 あとの2組は、グレード制導入前、つまり、天皇賞・秋が2000mに短縮される前の馬たちである。

 うちひと組はものすごく有名だ。「1970年メジロアサマ・1982年メジロティターン」である。さらに「1991年、92年(春)メジロマックイーン」とつづく「天皇賞父仔3代制覇」で、この親仔は知られている。なお、アサマ・ティターン親仔が勝った天皇賞・秋の舞台は東京芝3200mであった。

 しかし、もうひと組がなかなか見つからなかった。天皇賞・秋のすべての勝ち馬の血統表を見て父の戦績を調べても、同レースを勝っている馬はほかにいない。種牡馬として5頭の勝ち馬を送り出したクモハタ自身は1940年に2着に終わっている。

 年代の新しい順に3度チェックしても見つけられず、今度は古い順から……と思ったとき、「トウメイ」という馬名が目に飛び込んできた。エアグルーヴが1997年の年度代表馬に選出されたとき、「牝馬としては1971年のトウメイ以来26年ぶりの受賞」と紹介された名牝である。ダイワスカーレットが2008年の有馬記念を勝ったときも、「牝馬として1971年のトウメイ以来37年ぶりの勝利」と取り上げられた。

 見つけた。もうひと組は「1971年トウメイ・1978年テンメイ」の母仔だ。こちらがレース史上初の親仔制覇であった。

 つまり、天皇賞・秋を親仔で制覇したのは、父と息子が2組、父と娘がひと組、そして母と息子がひと組、ということになる。

 イクイノックスは、父と同じ4枠7番からの発走で栄冠を手にした。

 父のキタサンブラックは、水の浮く不良馬場で出遅れながらも4コーナーで内から抜け出す武豊騎手の「神騎乗」で優勝。10年ぶり5頭目の天皇賞春秋連覇を達成した。

 ブエナビスタはテン乗りとなったクリストフ・スミヨン騎手を背に優勝。これが同騎手にとってJRA・GI初勝利であった。

 父のスペシャルウィークは、前走の京都大賞典でデビュー以来初めての着外となる7着に終わっていた。雪辱を期したここでは、後方で脚を溜める本来の競馬に徹し、鮮やかな差し切り勝ちをおさめた。

 メジロティターンを当初管理していたのは「大尾形」と呼ばれた尾形藤吉だったが、本馬が1981年のセントライト記念を勝つ直前に世を去った。それが尾形の最後の勝利となり、以後、息子の盛次が管理した。

 天皇賞・秋を制したのは翌82年。セントライト記念でも天皇賞・秋でも、騎乗したのは尾形の最後の弟子・伊藤正徳だった。キタサンブラックの新馬戦で勝利をおさめた後藤浩輝元騎手の師匠である。

 父のメジロアサマも初めは尾形藤吉が管理していた。1970年に弟子の保田隆芳が騎手を引退して調教師になると、保田厩舎に転厩。その年の天皇賞・秋を勝ち、保田に調教師としての八大競走初制覇の栄誉をもたらした。

 1978年にレース史上初の親仔制覇をなし遂げたテンメイは、71年に勝った母トウメイと、騎手(清水英次)も調教師(坂田正行)も馬主(近藤克夫)も、さらに12番という馬番まで同じだった。

 そのレースは、カンパイ(発走のやり直し)という珍しいアクシデントを経て決着したものだった。2年後、馬主が替わって岩手に移籍。8歳で引退するまで走りつづけた。

 どの親仔にもそれぞれ物語があって興味深い。

 考えてみれば、今年はイクイノックスのほか、モーリス産駒のジャックドールとノースブリッジにも親仔制覇のチャンスがあったわけだから、レース前に書いてもよかったのかもしれない。

 ところで、未だ親仔制覇のないGIは、大阪杯、桜花賞、ヴィクトリアマイル、エリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップ、チャンピオンズカップ、ホープフルステークスと、結構ある。

 大阪杯とホープフルステークスはGIになってから歴史が浅いので仕方がないが、桜花賞やマイルチャンピオンシップでひと組も出ていないのは意外な感じがする。

 桜花賞は「母娘制覇」に限定されるので今後もなかなか現れないかもしれないが、マイルチャンピオンシップはモーリスの産駒がそのうちやってくれるのではないか。

 といったように、親仔制覇に関しては話が尽きない。なお、今回も一部敬称略で記した。

 気がつけば11月になっていた。そりゃ急に寒くなるわけだ。

 みなさんも風邪やコロナに気をつけて、くれぐれもご自愛ください。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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