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【阪神JF回顧】香港国際競走不参加を早々に周知「リバティアイランドに乗りたかったから」(月刊 川田将雅)

  • 2022年12月15日(木) 18時02分
“VOICE”

▲阪神JFを制したリバティアイランドと川田騎手(c)netkeiba.com


阪神JFをリバティアイランドと制し、今年GI3勝目を挙げた川田騎手。デビューから手綱を執り迎えた3戦目、これまでのレースを通じて伝えてきた思いが見事に実を結び、リバティアイランドを世代最初のGIウイナーへと導きました。

しかし、当コラムでリバティアイランドについて伺うのは今回が初めて。そこでまずデビュー前の印象から伺うと、川田騎手としては珍しく2週続けて追い切りに騎乗したとのこと。それも川田騎手自ら進言してのことで、理由を伺うと「いい馬だからです」ときっぱり。今回はそんな期待の大きさが言葉の節々から伝わってくるリバティアイランドの魅力に迫ります。

(取材・構成=不破由妃子)

「もう負けることはないな」勝利を確信した直線入り口の手応え


──阪神ジュベナイルフィリーズ優勝、おめでとうございます! いやぁ、強かった。

川田 ありがとうございます。絶対に勝たないといけないところだったんでね。まずはひとつ、無事に結果を得ることができて、本当にホッとしています。

──それ以前に、日曜日の騎乗が可能になって本当によかったです。空港で陽性判定が出たときは、さぞかし驚かれたでしょうね。

川田 お騒がせしました。水曜日の香港のジョッキーシリーズと、土曜日の中京の騎乗をキャンセルせねばならず、ご迷惑をお掛けして申し訳なかったです。今は無症状であれば、待機5日目の検査で陰性が確認できれば6日目からは動いていいというのが国のルールなので、日曜日には間に合うことができて、そこはホントありがたかったです。

──さて、リバティアイランド。このコラムで取り上げるのは、実は今回が初めてです。なので、最初に跨ったときの印象からお聞きしていいですか?

川田 初めて跨ったのは新馬戦の1週前追い切りでしたが、とてもいい馬でしたね。もう走り出した瞬間から、いい馬だとわかるいい馬。1週前、当週と、2週続けて僕が乗ったんですけど、経緯を含めると、それ自体がけっこう珍しいことで。

──川田さんご自身が選択されたことなんですか?

川田 1週前追い切りに乗った時点で、「来週も俺が乗る」と伝えました。普段はね、「来週も乗ってくれ」とか「来週は乗らなくていい」とか、必要性に応じて調教師が判断するんですけど、この馬に関しては、僕のほうからリクエストして。

“VOICE”

▲新馬戦前の追い切りには2週続けて騎乗したとのこと(撮影:下野雄規)


──それはなぜですか?

川田 いい馬だからです。とてもいい馬だからこそ、翌週の追い切りでも競馬に向けて教えたいことがあったのと、1週前追い切りを経て、どう変化するのかも自ら乗って感じたかった。その変化を感じたうえで、当週の追い切りで彼女に何を伝え、何を学んでもらうか。それらをより良い形でやって行きたかったんです。

──競馬に向けて、教えたかったこととは?

川田 たとえば、体の動かし方だったり、我慢の仕方だったり。実際、この子は外からの見た目以上に、繊細でコントロールがとても難しい子なんです。まぁ走る馬というのは、得てして難しい子が多いんですけどね。もちろん、なかには素直で乗りやすい子もいますが、能力があるからこそ、その持て余した能力をコントロールすることが大事で、教えなければいけないことも多い。安易に走り過ぎてはいけない、とかね。

──走る馬だからこそ、走り過ぎないことを教えるわけですね。

川田 とにかく速く走ればいいというものではありませんからね。まだまだ成長途上の出来上がってない心身で、その能力を全部出してしまうと、心も体も壊れてしまう可能性がある。だからこそ

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1985年10月15日、佐賀県生まれ。曾祖父、祖父、父、伯父が調教師という競馬一家。2004年にデビュー。同期は藤岡佑介、津村明秀、吉田隼人ら。2008年にキャプテントゥーレで皐月賞を勝利し、GI及びクラシック競走初制覇を飾る。2016年にマカヒキで日本ダービーを勝利し、ダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を達成。

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