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歴代の最高価格馬として購買された牡馬とは

  • 2023年01月18日(水) 12時00分

前年は1頭もいなかった約1億8412万円超えが、今年は4頭も出現した


 1月10日から14日まで、オーストラリアのクイーンズランドで、「マジックミリオン・ゴールドコースト・イヤリングセール・ブック1」が開催された。

 オーストラリアの一般景気は、コロナ禍による落ち込みから立ち直り、労働力不足や物価高など懸念材料を抱えながらも、全体的には回復局面にあると言われている。そんな中で開催された若駒のセールでは、どのようなマーケットが展開されたのか。

 5日間で979頭が上場された中、783頭が総額2億2936万6000豪ドルで購買され、平均価格は29万2932豪ドル(約2697万円)、中間価格は21万豪ドル(約1933万円)、主取り率は10.7%だった。これらの指標を前年と比較すると、総売り上げが0.2%のダウンで、平均価格は0.06%アップと、いずれもほぼ前年並みに推移。その一方で、中間価格は8.7%のダウン。主取り率も、前年は6.3%だったから顕著に上昇している。主要な指標が物語るのは、中間より上の価格帯は好調で、これに引っ張られて全体の市況は前年並みを維持したものの、中間より下の価格帯では若干需要が薄く、前年ほど健康なマーケットではなかったと読み取ることが出来る。

 前述したように、上の方のマーケットは好調で、前年は1頭もいなかった200万豪ドル(約1億8412万円)超えが、今年は4頭も出現した。

 中でも、市場最高値となる270万豪ドル(約2億4856万円)で購買された上場番号606番の牡馬は、マジックミリオン・ゴールドコーストセールにおける歴代の最高価格馬となった。

 父が、昨季(21/22年)のオーストラリアにおけるチャンピオンサイヤーのアイアムインヴィンシブルで、G2ルビトンS(芝1100m)など4重賞を制した他、G1マニカトS(芝1200m)3着などの実績を残した母アナヒードの初仔となる同馬は、祖母ロストヴァもG1ロバートサングルターS(芝1200m)勝ち馬という、超一級品の血統背景を持つ。

 セール3日目に同馬が登場すると、激しい争奪戦が展開され、クールモアのトム・マグナー氏と、オーストラリアを拠点に活動する香港人馬主トニー・ファン氏の一騎打ちとなった後、最後はマグナー氏が購買に成功した。同馬は、クリス・ウォーラー厩舎に入る予定とのことである。

 実は今年のセールで、マジックミリオンにおける歴代最高値が更新されたのは、これが2度目のことだった。セール2日目に登場した上場番号399番の牝馬(父ズースター)が、260万豪ドル(約2億3936万円)という、この時点での歴代最高価格で購買されていたのである。

 18/19年シーズンに、G1ニューマーケットS(芝1200m)など3つのG1を制し、オーストラリアの3歳牝馬チャンピオンとなったサンライトの全妹にあたる同馬。100万ドルのオープニング・ビッドからスタートした競り合いは終盤、ユーロン・インヴェストメンツ社の最高執行責任者を務めるサム・フェアグレイ氏、サンライトを手掛けたトニー・マキヴォイ調教師、さらには、ゲイ・ウォーターハウス調教師を加えた3名による争いとなり、最終的にはユーロン・インヴェストメンツ社が購買に成功した。

 ちなみに同馬の全姉サンライトは、20年のマジックミリオン・ナショナルブルードメアセールにて、南半球のセールで購買された牝馬としては歴代最高額となる420万豪ドル(当時のレートで約3億2495万円)で、クールモアに購買されている。

 日本人によると見られる購買も、5頭ほどが確認されている。

 中でも最高値だったのが、70万豪ドル(約6444万円)で購買された、上場番号802番の牡馬だ。父は、19年のロイヤルアスコットで、G1キングズスタンドS(芝5F)とG1ダイヤモンドジュビリーS(芝6F)を「中3日」で制したのを含めて、4つの短距離G1を制したヨーロッパのチャンピオンスプリター・ブルーポイントである。北半球の種付けシーズンにはアイルランドのキルダンガンスタッドで供用されている同馬は、シャトルスタリオンとしてオーストラリアのノースウッドパークでも供用されており、上場番号802番はブルーポイントの南半球における初年度産駒となる。

 祖母トーストオヴザコーストが、G2ヤランビークラシック(芝1200m)勝ち馬で、叔父にG1コーフィールドギニーズ(芝1600m)勝ち馬スーパーセスがいるという牝系を背景に持つ同馬は、現段階では、日本に輸入されて競走馬デビューをする予定とのことである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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