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ウイニングチケット、逝く

  • 2023年02月22日(水) 18時00分

33歳の長寿で2月18日の朝、息を引き取る


 1993年の第60回日本ダービーを制したウイニングチケットが、去る2月18日朝に繋養先の「優駿ビレッジ・アエル」(浦河町)にて、疝痛のため息を引き取った。1990年生まれ、33歳の長寿であった。

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▲繋養先のアエルで息を引き取ったウイニングチケット


 アエルでウイニングチケットを管理していた太田篤志氏によれば「18日の朝、馬房の中で少し旋回したり、前掻きしたりした跡があって、疝痛の症状が見られたので、年齢も年齢ですし、大事を取り、隣町(新ひだか町三石)にある診療所に馬運車に乗せて連れて行ったんです。馬運車の中では割としっかりとしていたのですが、診療所に着いてから急激に症状が悪化し、ついにそのまま治癒することなく逝ってしまったわけです」とのこと。

 昨秋あたりから、年齢的な衰えもあり、徐々に運動量は減ってきていたものの、毎日放牧して、割と元気に過ごせていた、という。

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▲運動量は減った割に元気に過ごせていた


「何せ、本当に健康な馬で、獣医師に診てもらったことがほとんどないくらいの馬でした。なので、こんなにあっさりと逝ってしまったのがちょっと信じられないですね」と太田氏。ウイニングチケットは、2005年に種牡馬を引退し、その年の秋にアエルに功労馬として繋養されるようになり、爾来18年間をここで過ごしてきた。亡くなるまで、国内のGI優勝馬の中で最年長の記録を持つ馬でもあった。

 2020年から続く新型コロナ感染により、多くの関連施設が見学中止に踏み切る中でも、アエルは一般の競馬ファンに広く開放していたため、折からの「ウマ娘」ブームにも後押されて、ウイニングチケットに会いにここを訪れる人々は少なくなかった、らしい。

「浦河は日高でも東の方に位置していて空港からも距離がありますし、その分ハンデもあるわけですが、それでもアエルまでわざわざ足を伸ばしてくれる方々というのは、本当に熱心な人々と言えると思います。近年はそうしたファンの方々に支えられながら老後を静かに送っていたと思いますよ」と太田氏が言う。

 訃報は、ヤフーニュースでも取り上げられ、すぐに競馬ファンに広まった。翌19日には、アエルでも、弔問客のために、在りし日の姿を伝える数多くの写真を飾り、祭壇や献花台を設置した。ウイニングチケットが生前暮らしていた馬房内のみならず、隣接するクラブハウス内、さらには宿泊施設のあるアエル本体の中にも、数々の生花や写真が所せましと飾られ、アエル全体が喪に服しているという雰囲気であった。

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▲数々の生花や写真が所せましと飾られるアエル本館内の献花台


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▲ウイニングチケットが生前暮らしていた馬房内に設置された祭壇


 33歳という年齢は、十分に長寿である。ライバルたちと激しく戦った現役時代を経て、1995年に種牡馬入りしてから11シーズンの種牡馬生活を送り、2005年、15歳で種牡馬生活を引退して功労馬となったのは前述した通り。

 太田氏は、ウイニングチケットの生涯について「15歳で種牡馬を引退してから18年間ずっとここで暮らしていたことになります。あちこち移動させられることもなく、ずっと同じ場所にいられたことや、まだ体力の十分ある時に引退したことで、馬体にあまり負担がかからない形で暮らすことができたのが、33歳まで生き永らえたひとつの要因かも知れないとは思います」と語る。

 馬体はとても30歳を超えているとは思えないほど張りがあって、背中も大きくくぼんでいることもなかった。脚元もしっかりしていた。

 ところで。ちょうど太田氏にあれこれお話を伺っている時、宅配便のトラックドライバーが、両手で段ボール箱を抱え、降ろして行った。2箱である。太田氏に尋ねると、それは何と「青草」であった。馬用に刈り揃え、箱詰めされてクール便で送られてきたのである。

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▲▼ファンから宅配便で送られてきた青草


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「ウイニングチケットはとても人気があったので、冬場の、青草のない時期に本州からこういうものがよく送られてきていたんです。1箱5キロですが、ウイニングチケットだけでも全部で300キロくらいは届いていると思いますよ」と太田氏。これはファンの方が、業者に注文し、北海道までクール便で送り届けてもらう形式だそうで、1箱当たり送料込みで6000円と聞いた。

 決して安くはない品物だが、地面が凍結し雪に閉ざされる冬期間、馬にとっては、何物にも勝る贈り物と言えよう。3月下旬から4月にかけて、日高の馬たちは、雪解けとともに、地面からわずかに顔をのぞかせた青草の新芽を探しながら、あっちこっちを歩き回る。その時期にはもう乾草などには目もくれなくなる。それくらい生の牧草が恋しいのである。

 そうした馬の好みを熟知したファンが、ウイニングチケットのために、とわざわざ送ってくれていたのだ。頭の下がる思いであった。

 数々の献花の中には、現役時代の管理調教師であった故・伊藤雄二氏のご家族や、馬主の太田美實氏のご家族から送られてきたものもあった。伊藤雄二氏、太田美實氏はともに故人である。今頃は、あの世に旅立った愛馬と、天国で無事に再会できているであろうと信じたい。

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▲馬主の太田美實氏のご家族から送られた献花

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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