
▲長谷川浩大調教師がナムラクレアについて語ります(撮影:高橋正和)
高松宮記念を最後に、ナムラクレアはターフを去ります。何度も大舞台に挑み、そのたびにファンの期待を背負いながら、第一線を走り続けてきた5年間でした。
あと一歩、あと少し──。GIの舞台では、そう思わせる瞬間も何度もありました。それでも彼女が残してきたものは、勝ち負けだけでは語れない、大切なものがあります。
順風満帆に見えた戦績の裏で、決して表には出されることのなかった苦労。ライバル陣営に悟られぬよう、静かに守り続けてきた日々。ナムラクレアとともに歩んだ時間、そして最後の一戦を終えた今だからこそ伝えたい想いを、管理した長谷川浩大調教師が初めて明かします。
(取材・文=大恵陽子)
netkeibaでは、特別企画「#ネトケでナムラクレア引退式」を公開中です。長谷川浩大調教師と、ライバル・メイケイエールを管理した武英智調教師によるスペシャル対談をはじめ、ご担当の疋田厩務員ご提供のオフショット写真展、引退記念グッズなど、ナムラクレアの軌跡をたどるさまざまなコンテンツをご用意しています。ぜひ、あわせてご覧ください。
特設ページはこちら「ライバル陣営に悟られないように…」順風満帆に見えた影の苦労
クレアを最初に見たのは1歳10月くらいでした。半兄ナムラヘイハチローには中村均厩舎の調教助手時代に乗っていて、半兄ナムラムツゴローは中村厩舎解散に伴ってうちに来ました。その2頭の兄の印象と比べると、クレアは手入れで脚を触られるのを嫌がると聞き、「気の強そうな牝馬だな」と思っていました。
生産の谷川牧場さんから「自信があるから、1回乗ってほしい」と言われ、北海道の牧場へ乗りに行きました。その時は常歩だけでしたけど、背中がすごくいい感触でした。谷川牧場さんから「乗りに来て」と言われたのは後にも先にもクレアだけ。自信がおありだったんじゃないかなと思います。
栗東トレセンに入厩してからデビューに向けた調教の動きもすごく良くて、桜花賞を意識して新馬戦は1600mを選択しました。
勝てる自信がありましたけど、競馬は甘くなくて3着。気が強い面があったので、奈村オーナーとも相談して距離短縮することにしました。普通であれば未勝利戦に行くと思いますけど、格上挑戦でフェニックス賞へ。十分通用するポテンシャルを感じていたのと、