
▲諏訪代表にお話を伺いました(c)netkeiba
特集企画「日高は、新時代へ」。
27歳で一口馬主となり、自らの目で馬を選び、愛馬のスワーヴリチャードでジャパンC制覇までたどり着いた人物がいます。諏訪守──。その彼がいま、次に見据えているのは“日高の再興”です。
年間6,000頭以上を生産しながら、GIの大半を勝てないという現実。「このままでは存続できない」と語る危機感の先にあるものとは何か。馬主から“構造を変える側”へ。その覚悟の軌跡を追います。
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ヒーリングミュージックで“ヤンチャさ軽減”!? グリーンエナジー(取材・構成=不破由妃子、撮影=netkeiba編集部)
明らかに競馬が楽しみづらくなっているんです
──2024年10月に『Blooming Horse Club』を設立されて、今年いよいよ初年度の募集馬たちがデビューを迎えます。クラブ法人の設立に先立って、2022年には生産・初期育成の施設として『Blooming Farm』を北海道の日高町に開場されたほか、中期・後期育成を担う『Blooming』を同じく日高町で、さらには東日本最大規模となる外厩施設『Blooming Stables』を福島県浪江町に建設予定だそうですね。
諏訪 はい。とんでもないことをやろうとしている自覚はあって、はたして本当にできるのかどうか(苦笑)。資金面やら何やら問題は山積みですが、僕の夢を支えてくれている仲間たちがいるので、彼らのためにも命を懸けてやろうと思っているところです。
──その情熱の源、諏訪オーナーを突き動かすものとは一体何なのか。今日はその“正体”を探っていきたいのですが、オーナーはもともとクラブ会員だったそうですね。
諏訪 27歳のときに一口クラブの会員になって、たくさんの感動を味わいました。以来28年間、毎年欠かさず牧場に行っていて、自分の目で見て馬を選ぶ楽しみも知って。
──毎年欠かさずというのはすごいですね。
諏訪 年に一度や二度ではなく、年によっては10回以上行っていました。NICKS(馬主登録名)を設立してからも同じで、たぶんオーナーのなかで一番牧場に足を運んでいるのは僕なんじゃないかな。現場の素敵な子たちとも仲良くなったし、それこそ吉田照哉さんや勝己さんにも縁戚の小僧みたいに可愛がってもらいました。だから、僕の競馬愛は社台グループに育ててもらったのは間違いありません。

▲リチャードとの対面
しかし最近、馬主仲間や友人を見ていると、みんな競馬を楽しみづらくなっているんですよ。それはもう明らかに。
セレクトセールはちょっと高すぎるし、自分の限界を決めてその範囲でやろうと思うと、重賞どころか、どんどん1勝が遠くなって。そうすると、なかなかモチベーションが上がらないというか、ワクワクできなくなってくる。実際、GIにしても、ノーザンファームの運動会だという声も聞こえるようになって、本当にそれでいいんだろうかと、僕は業界の現状を憂いています。日高にもノースヒルズ、三嶋牧場、下河辺牧場、ケイアイファームなどのように、継続的にGIレースに出走させ優勝することができる牧場もありますが、そうした牧場がもっともっと増えなければ、業界が盛り上がりませんよね。
──どんな業界もそうですが、ライバルが多ければ多いほど進化していくのは自明の理だとは思います。
諏訪 僕は馬主になりたいと思ってなれたし、自分が選んだ馬でGIを勝ちたいと思ってそれも叶った。幸いなことに、ここまでの夢は全部叶ったわけです。でも、周りを見たら、そんな簡単なことではないのがわかる。だったら、そこを目指せる環境を本気で作ろうと。そう思って、今こうして挑戦し始めたところです。
──なるほど。だから日高なんですね。
諏訪 日高では、毎年6,000頭以上の競走馬が生産されていて、その頭数は全体の8割を占めているんです。対して、社台・ノーザン・追分・白老のグループは1,300頭弱で2割弱。でも、その2割でGIの8割を勝っているんですよね。つまり、生産頭数とGI勝利数では、2と8が逆になってしまうのが現状なんです。僕は、これをなんとかイーブンに持っていきたいと思っていて。
──先ほど、社台グループに競馬愛を育ててもらったとおっしゃっていましたが、日高との接点というのは?
諏訪 僕が馬主になったとき、血統博士の竹内啓安さんという方が、ちょうど東京サラブレッドクラブを辞めたときだったんですよ。僕にはいつか牧場をやりたいという夢があったので、血統のことを教えてほしいということで、アドバイザーになってもらったんです。初めてのセレクトセールも一緒に行ってもらったんですけど、彼に「馬を買うのはいいんだけど、せっかくだから1頭、繁殖を持ってみませんか?」と言われて、繁殖を1頭紹介してもらって。その馬を預けたのが、中村広樹さんという方が開場された日高のスマイルファームという牧場で、そこから日高に行くようになりました。
──それは何年くらい前のお話ですか?
諏訪 かれこれ15年くらい前です。そこから始まって、お隣の若林牧場の若林順一さんに日高の道先案内人をしてもらい、10年ちょっと前からはグリーンエナジーを生産した辻牧場の辻助さん、三嶋牧場の三嶋健一郎さんらと懇意にさせてもらうようになって、日高中の牧場を回るようになりました。春になると日高の馬も含め、レンタカーを借りて自分で馬を見に行くんですよ。もう15年くらい続けているので、ほとんどの牧場に行ったことがあります。

▲自分の目で馬を見ることを大切にされています(c)netkeiba
──調教師に予算を伝えて、調教師が馬を選ぶケースはよく聞きますが、諏訪オーナーの場合、まるでスタンスが違うんですね。
諏訪 譲っていただいたあともずっと牧場に行くし、育成に移りレポートが送られてくれば、それを牧場に共有したりもする。確かに普通の馬主さんとは違うのかもしれませんが、僕は馬が好きだし、作ってもらっていることに感謝があるので。そういう動きをしているうちに、だんだん仲間が増えて、青年会のような場に呼ばれてお話させてもらう機会もあったりして。
ノーザンファームをやっつけたいんじゃない
──それにしても、諏訪オーナーの“自分の目で馬を見る”ことへの情熱には驚くばかりです。先ほど「いつか自分で牧場をやりたいという夢があった」とおっしゃっていましたが、その夢を抱くようになったきっかけは?
諏訪 自分でもよくわかりませんが、27歳で照哉さんに会ったときから言ってましたね。僕にとって馬は、めちゃくちゃ美しい存在なんですよ。放牧地に放たれている馬を見ながら、コーヒーを飲む。それだけですごく豊かな気持ちになれるんです。社台ファームに行ったら、皆さん同様の気持ちになりますよ、きっと。
そもそも僕は自然児なので、コンクリートジャングルのような東京が苦手なんです。今はこうしてスーツなんか着ていますけど、できれば一年中、短パンとTシャツで過ごして、泥んこになりたい(笑)。きれいな川で釣りをしたりとか、学生の頃はずっとそんな感じでしたから。そういう時間がとても幸せだったので、できればそっち側に戻りたいんでしょうね、きっと。
──ということは、四半世紀の時を経て夢を叶えられたわけですね。
諏訪 そういうことになりますね。まだまだ道半ばですが。
──日高を拠点に狙う一大逆転劇、一競馬ファンとしてとてもワクワクしますが、日高の現状については、どう受け止められていますか?
諏訪 今は売れているので大丈夫だと思います。今はね。でも、このままでは存続できないと思っています。
──その理由とは?
諏訪 僕は、ノーザンファームをやっつけたいなんてまったく思っていなくて、とにかく日高の生産馬でGIを優勝するような馬をつくり、業界全体を盛り上げたい一心なのですが、日高に本気でそう思っている人がいっぱいいるかとなると、正直多くはないと思うんです。みんな思うところはあるはずですが、然るべき育成施設の充実を図ろうとすると、それ相応のコストがかかり、代々受け継いできた二代目や三代目という立場になると、自分の子供たちにも継いでいかなければという思いが強い。だから、そのようなリスクはとれない。
その点、僕は厩に生まれていませんからね。僕には継いでいかなければならない子供たちがいるわけでもない。いい意味でしがらみのない僕だからできることが必ずある。2020年にチャンピオンヒルズ(外厩)ができて以来、日高の生産馬が重賞、GIレースを勝つ確率があがりました。関東の美浦トレセン周辺は坂路施設が整った外厩がなく、福島の浪江につくる外厩がチャンピオンヒルズ同様、日高産馬の活躍に貢献できればと思っています。

▲2028年3月福島県浪江に完成予定の外厩施設「Blooming Stables」
──日高産馬の活躍にとって大きな武器になりそうですね。
諏訪 まだ資金のメドが立っていないので、絶対にできるとは言い切れないんですけど…。まぁ浪江町の計画は、これまでにも何度も頓挫して、毎回奇跡のようなことが起こってここまできているので、絶対に乗り越えられると信じて進めるしかありません。これにすべてを懸けているので、もう必死ですよ。
(文中敬称略、明日の後編へつづく)