デビュー戦から能力の違いを見せつけ、2005年クラシックの主役を張り続けた
ディープインパクト。さすがに彼ほど圧倒的な存在はそう簡単には登場しないが、それでもクラシックを勝つ馬の大半は、世代上位の能力をアピールし続けながら頂点へと駆け上がっていくもの。どこかでギアが変わったかのように、急成長するケースは本当にまれなことだ。
競馬記者として20年以上のキャリアの中で「馬がある時、一変した」と思えたのは過去、04年
キングカメハメハと08年
ディープスカイの牡馬2頭くらいなもので、残念ながら牝馬は思いあたらない。一般的に牡馬よりも牝馬のほうが成長が早いと言われており、2歳GIの結果が直結しやすいのも牝馬クラシック。これは阪神JFが
桜花賞と同じ舞台だからという理由だけではないのかも…。
と、長い前置きをしたのは、
桜花賞組と初対戦になる角居厩舎の「三本の矢」というよりは、3頭の中でも注目を特に集めるであろう
サトノワルキューレの1週前追い切り(9日=ウッド6ハロン84.9-11.7秒)に、
キングカメハメハや
ディープスカイと同じような可能性を見いだしてしまったからだ。
「ホンマにすごかったですわ。動きはしなやかやし、折り合いもバッチリとついたし、反応もメッチャいいし、何より素直で乗りやすい。コイツが持ってないのはゲートセンスだけとちゃうかな。中3週やけど、前走からさらに良くなってますよ」と騎乗した前川助手も大絶賛するほどのホレボレする動きに…。
入厩当初の
サトノワルキューレは「真面目で一生懸命走る」くらいしかセールスポイントがなく、
カンタービレ、
ランドネのほうが感触は明らかに上だった。1番人気でデビュー戦を制してはいるものの、「勝ったこともそうだけど、1番人気になったことのほうが驚いた」と厩舎スタッフが漏らしていた程度の馬だったのに…。いやはや、本当に驚くほどの“激変”ぶりなのだ。
どのレースが契機になったのか? 自身初の上がり33秒台をマークした前走の
フローラSが
サトノワルキューレのギアを上げたとするなら、眠っていた資質を早々と察知していたM・デムーロの判断力もまた素晴らしいと言えるだろう。
「ウチの厩舎の馬に乗ることは決まっていましたが、
カンタービレとどちらに乗るかまでは決まっていなかった。2400メートルという距離と一戦ごとの成長力を考えた場合、“
サトノワルキューレのほうが勝負になる”と(M・デムーロは)考えていたのかもしれませんね。
カンタービレは自在性があって、乗り難しい印象のない馬ですが、
ワルキューレは仕掛けてからの反応がとにかく遅い一方で、どこまでも伸び続ける豊富なスタミナを持っている。だからスパートのタイミングが重要になるんです。一瞬の脚の速さでは
アーモンドアイのほうが上でしょうが、長く脚を使わせる状況になった場合はわからない。だからこそ、
ワルキューレの特徴のすべてを把握しているミルコが乗ってくれるということは、僕らにとって心強いことなんですよ」
オークスでの騎乗者の振り分けが決まった直後の辻野助手の発言だ。もしかしたら、
アーモンドアイよりもワンテンポ、いや、ツーテンポ早い仕掛けをするかも…。「それでも持たせてしまうかもね」なんて話をしていたら、“伝説の早仕掛け”で押し切ってしまった
キングカメハメハのダービーを思い出した。
「あれは誰が見ても下手乗りで早仕掛けだけど、あのレースはあれでいいんだよ。あのときの
キングカメハメハはどこから仕掛けたって負けると思ってなかったし、実際に負けなかったんだから」
後日、返ってきたアンカツのコメントがこれだった。
M・デムーロと
サトノワルキューレがどこから動くのかはわからない。だが、天井知らずの成長を肌で感じている当事者なら、周囲が考えている以上の強気な競馬をしてくる可能性は十分。今年の
桜花賞上位馬は例年以上にレベルが高いと考えているが、
サトノワルキューレがひとのみしてしまうシーンも捨て切れない。悩める週末となりそうだ。
(松浪大樹)
東京スポーツ