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受け継がれる“血脈”ダービージョッキー・角田晃一の背中を追う二人の息子

  • 2018年11月13日(火) 21時01分
 将来、どんな職業に就きたいか-。学生にとってはその選択が大きな岐路。15歳の息子を持つ私も考えさせられることが多い。

 10月26日、JRAは来年4月に入学する競馬学校騎手課程第38期生の合格者9人を発表した。受験者数は110人で倍率は約12倍。その難関を突破したひとり、角田大河君(15)。“角田”と聞いてピンと来る人もいるだろう。角田晃一調教師の次男である。

 ジョッキー時代には、91年桜花賞シスタートウショウでG1初制覇。ジャングルポケットの01年ダービー制覇や、ノースフライトフジキセキヒシミラクルとのコンビも記憶に新しい。騎手引退後は、11年から厩舎を開業し、調教師として活躍している。

 長男の大和君(17)も36期生として競馬学校に入学している。自ら身を置いた世界に、息子が続く。親としてどんな心境なのだろうか。乗馬クラブで馬に乗り始めたのは大和君が小学4年生、大河君が小学1年生の時だった。「厩舎に連れて行ったことはあったけどね。トレセンにいる他の家庭と比べても頻繁ではなかった」と角田師だ。

 親に憧れたのだろうか。2人は自然とジョッキーを志すようになった。「こちらから“ジョッキーになれ”と言ったことはない。でも、影響を受けたのかなぁ。“怖がるならやめた方がいい”って言ったけど、怖がらなかった。“中途半端ならやるな”とか、結構きつく言ったけどね。大けがをするのは自分。当然、周りにも迷惑がかかる。甘い考えならやめた方がいい」。厳しい世界だ。調教師になった今でもそれを痛感するから、自然と言葉が厳しくなる。

 時代も変わった。年々、ジョッキーを取り巻く環境は厳しくなっている。「グローバル化している。子供がジョッキーになるのを両手を挙げて賛成という時代ではない」と同師。かつては、ジョッキーと馬の結びつきに、師弟関係は欠かせなかった。フジキセキジャングルポケットは所属した渡辺栄調教師の管理馬。師弟によるG1制覇が競馬を盛り上げた。「調教師が頭を下げてくれて、オーナーの理解を得てくれた。今は勝っても下ろされる時代だからね」。外国人ジョッキーの活躍も一因だが、若手が育たないのが実情だ。

 調教師として、親として。思いは複雑だ。「精神力が問われる。取った、取られたと言うのは違う。オーナーに乗って欲しいと思われるジョッキーにならないと。人間性だよね。かわいがってもらえるように、信頼されるように。子どもからすると、ジョッキーは花形かもしれない。でも、ボクからすると、うまくいってくれたらいいな、って感じかな。やるなら応援する。でも、裏切るようなことはするな、と。ただ、なんとなくが一番続かない」。応援したいのは親心。でも、競争社会で勝ち残るのは簡単ではない。

 「厳しい父親」。自らをこう言う。競馬学校は全寮制のため、親の教育は入学する15歳まで。「技術は教えたことがない。それは学校に任せればいい。今は外に出ると、コンプライアンスもあって厳しく教育されないからね。15歳で親から離れる。だから、礼儀作法、生活態度は厳しく教育してきた。年上とは目を見てしゃべるように、とか。まあ、親の気持ちが分かるのは親になってからでしょうけどね…」と苦笑いする。

 角田師の父はもともと船舶関係の仕事に就いていた。少年時代は、家によく外国人が訪れていたという。ところが祖父が亡くなり、祖父の仕事を父が継ぐことになった。「中学校1、2年の頃だったかな。父から将来は何になりたいんだ?と聞かれて、ピンとこなかった。体を動かすことが好きで動物が好き。そしたら、父が知り合いに頼んで競馬学校の願書を取り寄せたんだ」。興味はあったが、生まれ育った鳥取県は馬とは無縁の土地。しかも、角田家の長男でもある。やりたいことを職にする。それが受け入れられるような時代ではなかった。

 早速、家族会議が行われた。「親戚一同から反対されたなぁ。馬とのつながりは遊びで農耕馬に乗ったことがあるぐらい。でも、父は夢を途中で断念したでしょ。だから、“好きなことをやらせたい”って。先見の明があったんだと思う。自分は素朴な思いで(競馬学校に)入ったから、何でも吸収できた」。可能性を見抜き、行く道を照らしてくれた父に感謝をする。

 ふと思うことがあるという。「好きなことを一生、仕事にできるのは幸せなこと」。父から息子へ。さらに二人の息子たちへ。子供を思う親の気持ちは受け継がれている。(デイリースポーツ・井上達也)

提供:デイリースポーツ

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