経験がすべてというわけではないが、そこに実績が伴った人物の言葉なら、耳を傾けて損はない。サッカーの三浦カズ、
スキーの葛西紀明、そして競馬界ではもちろん
武豊(野球は意見が分かれそうなので割愛)。“レジェンド”と呼ばれる人物の言葉に重みを感じるのは、背景に誰もが認める実績があるからだ。
「かわいそうなレースばかりしとるから、成績は悪いけどな。この馬、能力はかなりのもんを持っとるで」
これ、一部に“レジェンド”と呼ばれ、敬愛を集めている方の担当馬に対する評価。石坂正キュウ舎の大ベテラン、久保卓也助手だ。
ヴァーミリアンを筆頭とした多くの名馬に携わり、札幌競馬場以外の重賞を全て制覇しているこの久保助手の存在を知らなければ、記者仲間に「モグリ」と言われてしまう。そんなレジェンドの現在の担当馬こそが
チューリップ賞に出走する
ドナウデルタなのである。
もちろん、昨年の
最優秀2歳牝馬ダノンファンタジーが崩れるシーンは想像しにくく、中山の
オーシャンSを勝てそうな
モズスーパーフレアを袖にして
武豊が騎乗する
シェーングランツも強い。「残り1議席を争うレース」というのが下馬評で、その“3頭目”を探す取材であったことも確かだ。「まあ、相手は強いけどな」と久保助手も強敵相手の戦いが簡単ではないことは理解している。
それでも「この馬はバネがええのよ、バネが。ス
プリングが利いてるちゅうんかな。走る馬は大概がバネのええ馬が多いんやけど、この馬もそんなタイプ」と言われれば、どうしたって心が揺れてしまう。さらに「乗った感触は
アグネスワールド(森キュウ舎所属時代に担当)にかなり近い。あれの小さい版やな。最初はそう思ったもんよ」と付け加えられれば、それなりにキャリアを積み、ちょっとしたリップサービスには動じなくなっている記者でも「マジかよ」と…。
アグネスワールドは仏アベイドロンシャン賞、英
ジュライCを制した名馬。欧州のス
プリントGIを2勝する日本調教馬なんて、もう出現しないのではないか? 個人的にはそうも思っているだけに、そんな馬と似ている? 440キロほどしかない小柄な
ドナウデルタと重戦車のようだった
アグネスワールドが? 驚きを隠せない。
「
アグネスワールドはスピードばっかと思われているけど、実はバネのええ馬でな。一方の
ドナウデルタは小さいし、パワーなんてないと思われてるかもしれんけど、道悪もへっちゃらの感じで、牝馬と思えんくらいのしっかりとした走りをする。先週の坂路(4ハロン52.3-11.9秒)ですごい動きをしとったろ? あんな走りは力のない馬にできひんよ」
前々走の
デイリー杯2歳S(5着)は外に出せず、進路を内に切り替える大きなロス。前が壁になり、ゴール前まで追えるところがなかった前走の
シンザン記念(9着)は、競馬の形にすらならなかった。そう、お宝を見つけてしまったかもしれない――。そんな気持ちでキュウ舎を去ろうとしたら、最後に「まだ馬が全然できていないけど、そんな状態でも末脚はしっかりしている。普段はヤンチャでも、走りだしたら冷静で、かかるところもない。個人的には距離が延びたほうがいい気がするんだよな」
そうはいっても、1勝馬のままでは先=
オークスの見通しは立てられない。ならばここは
桜花賞の出走権を獲得できる3着ではなく、賞金を加算できる2着までに入ってほしい――。先々の馬券作戦を含め、そう強く願っている。
(栗東の本紙野郎・松浪大樹)
東京スポーツ