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中舘英二「そばで見守ってくれた妻に1番感謝」/新規調教師の美浦共同会見

  • 2014年12月11日(木) 20時00分
 12月11日(木)に、平成27年度新規調教師免許の合格者が発表された。

美浦トレーニングセンター所属の合格者
池上 昌和(調教助手・池上昌弘厩舎所属・40歳・東京都出身)
竹内 正洋(調教助手・奥村武厩舎所属・35歳・千葉県出身)
中舘 英二(騎手・フリー・49歳・東京都出身)

 11日13時から、美浦トレーニングセンターで、美浦所属の新規調教師免許合格者3名の記者会見が行われた。3名のコメントは以下の通り。

池上 昌和氏
「父が調教師をしておりますけれども、幼少期から競馬に接することはありませんでした。高校時代に競馬ブーム、オグリキャップのブームというのがありまして、その後、大学に進学してから、初めて馬に触るという機会を得ることができました。そういった中で、馬の素晴らしさ、仕事のおもしろさというものを父の背中を見て感じておりました。同時に厳しい社会だとは思いましたが、とてもやりがいのある仕事だと思い、この世界に飛び込み、また海外修行などを経て、自分の手腕を調教師として発揮したいと強く思い、調教師を志望致しました。勝負の世界ですから、出走するからには全部勝つというくらいの気持ちを持っていますが、やはりファンの方や馬主の方に馬を応援して頂いて、期待を裏切らない、信用して頂けるような厩舎にしていきたいと考えています。

 先ほども申し上げましたが、父が調教師ということで、2世ではあるのですけども、馬を知らずに育った2世という部分を、最大に生かしていけたら良いなと思います。また海外研修で、イギリス、フランス、アメリカといろいろと勉強させて頂いた経験がありますので、そういった知識をミックスして、更に日本で助手として父のもとで学んだこと、様々な経験すべてを融合させて、1頭1頭に対してベストな環境、調教を目指して、結果が出せる厩舎にしたいなと考えています。

 この世界に入って来ること自体、父は反対でした。それはやはり厳しさを知っているからだと思いますが、この世界に来た時点で、すべてのことを父は寛容に受け止めてくれました。調教師試験を受けるということに関しては、時代も違うし、自分の好きなように思いきり勉強をして、思いきりやりなさいということで、特別これというようなことはありませんでしたが、1つ挙げるとすれば、受かってからが大変なんだぞということと、我々はやっぱり馬主さんから馬を預かって初めて仕事ができますので、馬主さんを大事にしなさいということは教えられました。

 先ほども申し上げた通り全部勝つつもりで、国内のレースも海外のレースも特に分け隔てなくとは思っておりますけれども、1つ挙げるとするならば、ダービーに勝ちたいですね。それはどこの国でも同じ価値があると思います。一生に1回しか馬は出走できませんので、日本人ですから日本ダービーを勝ちたいですし、最初に修行に行った国がイギリスで、エプソムダービーも生で見させてもらいましたので、やはり競馬発祥のイギリスのダービーというのも、心の中で強く思うところがあります」

竹内 正洋氏
「調教師試験は5回目で合格致しました。14歳の時に父に連れられて競馬場に行って、その時に競馬をかっこいいなと思いました。それで騎手になろうと思いまして、中学生の時に騎手試験を受験しましたが、受かることができなかったので、その後は調教師になろうという思いでここまでやってきました。この世界には血縁関係はありません。いろいろ思うところはあるのですけど、1つでも多く勝つということと、そのためにできることを厩舎一丸となってやっていけるような厩舎にしていきたいと思います。あとはファンの方に納得して馬券を買ってもらえるような、そういう馬をたくさん出していきたいと思います。(他の人より優れているところは?という質問に)そうですね、優しいところ…それくらいです(笑)

 8年在籍した矢野照正厩舎で心に残っている馬は、ビレッジスマイルという馬と、ゴールドエンデバー、地方に行ったトキノエクセレントの3頭です。ビレッジスマイルに関しては、最後は残念な形になってしまった馬なのですけど、ものすごい素質を感じました。気性的にも幼い面があって、デビューするまでに時間かかるなど、いろいろとあった馬なので、もう少しうまくできたらなというのもあって心に残っています。あとの2頭は能力的なところですね。これは良いなと跨った時から感じた馬でした。

 国枝厩舎には1か月だけの勤務だったのですが、その時は仕事に慣れるのが精一杯という感じでしたので、吸収しようというよりは、まずトレセンに慣れるという段階でした。矢野照正厩舎では8年ほど攻め専の調教助手をやっていましたので、矢野先生の勝負に対する厳しさを見習っていきたいなと思います。奥村厩舎は今年新規開業の1年目の厩舎で、みんなで一緒に力を合わせてやっていっているところなので、厩舎全体が1つになって目標に向かっているという形を、私も作っていきたいと考えています」

中舘 英二氏
「調教師試験は2回目です。1年前も随分一生懸命頑張って勉強したのですけど、それでは足りなかったので、それを塗り直すというか、根本からやり直さなくてはいけませんでした。1年目に随分勉強したところと同じ箇所を勉強すると、わりとできるようになりました。それも反復トレーニングみたいなもので、どんどん同じことをやって、それを根付かせたという感じです。松山康久先生からは、厳しく多くのことを指導して頂きました。こうやればいい、ああやればいいということではなく、先生の一挙手一投足を見て、大変な職業なんだなという認識をさせて頂きました。

 たくさんローカルを回らせていただきました。その時に、ここを勝たなければこの世界からいなくなる馬をたくさんたくさん見てきました。そのギリギリのところで勝たせなければいけませんので、いろいろなことをやってきましたが、それをしっかりできる、勝たせることができる調教師になるのが目標でもあります。

 (栗東で調教師試験に合格した渡辺薫彦元騎手との関係について質問されると)勉強も一緒に何回かやったことがあります。誰とでも普通に話せますので、よくいろいろなことを話をしています。

 調教師になりたいと本当に思ったきっかけは、京都競馬場で落馬をして背骨を折った時ですね。乗り役はきついかなと、少しずつ考え始めました。競馬に乗ると記憶が飛ぶので、レースに騎乗しながら勉強をするのは無理かなと思いまして、騎乗を控えて、勉強のためだけにこの半年くらいはやっていました。これが試験じゃなければ相当勉強は楽しいのだろうなと思いました。でもそれを記憶しなければならないですし、勉強から離れて随分たっていましたから、そこが辛かったです。競馬の夢は見たことがないのですけど、試験を受ける夢はよく見ましたね(笑)。

 今日10時の合格発表の時は、調整ルームでお風呂に入っていました。10時までに出ようと思ったのですけど、人と話をしていて、少し遅れてしまいました。電話がたくさん入っていたので、多分受かっているのではないかなと思いました。合格したことは、たくさんの方に伝えなくてはいけないのですけど、そばで見守ってくれた妻(雅子さん)には1番感謝しなければいけないと思います。

 これまでたくさん思い出に残る馬がいました。歴代の中で1番と思った馬が未勝利で終わるということもよくありました。その中でも基本となったアサヒエンペラーが、1番忘れられない馬です。調教師試験を受ける時に、騎手には諦めがついていましたので、基本的にはレースには乗らないつもりでいます。乗った方が良いという声もありますので、流動的ではあるのですけどね」(取材・写真:佐々木祥恵)

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