「日本(の競馬界)もようやく、女性が活躍できる時代になったんじゃないかな」と語ったのは師匠である根本調教師だ。
良い馬を預かることを目指すよりも人を育てたい、という独自の志から藤田の兄弟子にあたる丸山元気、野中悠太郎、そして藤田と、3人もの所属騎手を抱える。
かつて「美浦のひょうきん族」と呼ばれた陽気なキャラクターの根本が明かしたのは「騎手・藤田菜七子誕生の舞台裏」だった。
それは2013年のこと。茨城県の美浦トレーニングセンターで調教師をやっている根本のもとに騎手時代の先輩でもある競馬学校教官がやってきた。
〈「こんな女の子がいるんだけど、いずれ預かってくれないか」という相談だった。女の子とは藤田のこと。既に試験(注:競馬学校騎手過程への入学試験)を終えていたが、合否は確定していなかった。「男性騎手でも預かってくれる厩舎がない時代に一体誰が女性を預かるんだ」と不安視する声が上がり、所属先の目処がつくことが合格には不可欠だという。
そう聞かされた根本に迷いはなかった。
「私が請けますと言って、合格が決まったんです。つい最近その教官が来た時に菜七子も呼んで、もう時効だからと本人に話しました。えーっ! とは驚かなかったね(笑)。競馬界としても入学させておいてサポートできなかったのでは、一人の人生を台無しにしてしまうわけだから、私も軽く引き受けたわけじゃない。これまでの女性騎手を見てきて、大変なことだというのはわかっていたからね」〉
こうして、藤田菜七子は2013年度入学の競馬学校騎手課程に合格したという。合格者は153人中7人。藤田が紅一点だった。
しかし、もしあの時、根本調教師が「私が請けます」と手を挙げなかったら、「騎手・藤田菜七子」はそもそも誕生しなかったかもしれないのだ。
藤田は自身の幸運について「先生に恵まれたのが大きい」とインタビュー中に強調した。
藤田菜七子の躍進の秘密に迫ったノンフィクション「 令和の開拓者たち 藤田菜七子『勝負の世界に男も女もない』 」は「文藝春秋」2月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。
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