◇獣医師記者・若原隆宏の「競馬は科学だ」
「クロス鼻革も、矯正力のあるハミも、全部外す」。桜花賞に臨むメイケイエールについて口にした吉田助手のこのコメントには耳を疑った。
デビュー以来5戦、この馬が折り合ったところを見たことがない。現役有数の暴れ馬である。
ここまでリングハミこそ使ってこなかったが、ファンタジーSはビットガードでハミ身の動きがダイレクトに口の中に伝わるようにしていたし、近2走はクロス鼻革で鼻梁(びりょう)の中央をしっかり押さえ込み、人に従わせるため厩舎は苦心を重ねていた。これをすべて放棄するという選択は、科学的合理主義に照らせばもはや奇策である。
騎乗する横山典は、馬の気性を繊細に操る大ベテランだ。ジョッキー上がりの武英師にとっても大先輩にあたる。装具について相談していないわけがない。トレーナーに直撃すると「厩舎から装具についてシンプルにしようと思っていると伝えました。ジョッキーも『シンプルな方がいいよ』と言っていただけました」。あるいはジョッキーからの提案だったのかとも思ったが、厩舎で思っていることにジョッキーもシンクロしたという形だ。
武英師は横山典について「馬の気持ちを最優先に、こちらの固定観念も超えて、感性に任せて競馬をされる方」と、話す。事実、その通りだと思う。このジョッキーをして、この装具で臨むなら、もはやスピードに任せて抑えず先行する競馬しかない。
暴走となれば止まる可能性もあるだろう。けれど、突き抜けた身体能力が備わっている荒ぶる馬について、人がそれを抑えることをやめて大化けした例を僕らは1頭知っている。
金色に輝くサンデーサイレンスの最高傑作。98年毎日王冠で「どこまで行っても逃げてやる」と叫ばれたサイレンススズカの、あの大逃げの形がきっと、今週末の仁川に展開する。
メイケイエールはまだ3歳だ。腰周りも肩も、まだ厚みを伴ってくる余地は残っている。でも、背中のしなやかさは世代を超えてすでにトップレベルにある。トレーナーは「ひいき目かもしれないが抜けた存在では」と言うが、決してひいき目ではない。
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