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1995年JCを勝ったドイツ最強馬ランド死す

  • 2013年08月22日(木) 11時54分
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ドイツ競馬史上で最も活躍した競走馬の1頭で、種牡馬としても活躍したランドが20日に死亡したことが明らかになった。

ランドは重度の疝痛による手術を行い、手術自体は成功した。しかし、立ち上がろうとした際に脚に螺旋骨折を発症し、安楽死の処置がとられた。

ハインツ・イエンチ調教師の最高傑作であるランドは、同じく1990年生まれのモンズーン、シュテンケーニッヒと並んで、ドイツのヴィンテージクロップと称された。3歳時にドイチェスダービーでライバル2頭を、バーデン大賞ではプラティニを倒して勝利。4歳時にはハンザプレイスでシュテンケーニッヒを破り、バーデン大賞ではモンズーンを倒して連覇を達成。シーズン終盤のジョッキークラブ大賞を制して4つめのG1を獲得した。5歳時はミラノとデュッセルドルフのグランプリを制し、凱旋門賞でラムタラの4着。そしてジャパンカップでは、ヒシアマゾンやエルナンドなどを下し、引退レースに華を添えた。

引退後はホフ・イティリンゲン牧場で種牡馬入りし、2005年から2010年はデトリーハム牧場に移動。その後は再びホフ・イティリンゲン牧場に戻って種牡馬生活を送っていた。種牡馬としては7頭のG1馬を含む14頭の重賞勝ち馬を輩出した。母の父としてはロッキンジステークス勝ち馬ファーなどを出している。


■ランドのオーナーの声明
ランドは私達の牧場で生産されたなかで最高の競走馬だった。素晴らしい馬格と風格を兼ね備え、誇り高く、闘争心とタフさを持つ、あらゆる面で非の打ち所のない馬だった。


【補足】
G1を6勝したドイツ最強馬の1頭であるランドですが、JC当時のドイツ馬は知名度が低く、馬場適正も疑問視されて人気がなかったと記憶しています。ナリタブライアンと同じ位置につけ、エンジンがかからないブライアンを尻目に4コーナーでするすると上がっていき、パワフルに府中の直線を駆け抜けていきました。

昨年モンズーンが、そして今年ランドが世を去り、ドイツの一時代が終わった感がありますね。

1995年ジャパンカップ
赤い帽子と白い勝負服がランド
http://www.youtube.com/watch?v=HeYgpfiWfQ4
ネタ元のURL
http://bloodstock.racingpost.com/news/bloodstock/star-german-runner-and-sire-lando-dies-at-23/1516005/

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