障害通算2000回騎乗を区切りに引退することを発表していた林満明騎手。その宣言通り、6月23日の東京ジャンプSを最後に、騎手人生に幕を下ろしました。ラストライドを終えた林騎手をゲストにお招きし、デビューからの33年間をじっくりと振り返っていただきます。初回の今回は、記憶に新しい最後のレースについて。ファンや関係者から投げかけられた声、引退を決めた一番の理由など、胸の内を赤裸々に語ります。(取材：東奈緒美)

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辞めようと決めた一番の原因は“怖さ”

東　林騎手、33年間という長いあいだ、私たち競馬ファンを楽しませてくれてありがとうございました。そして本当にお疲れさまでした。2000回目の騎乗となった東京ジャンプS(アスターサムソン11着)は、どんな気持ちで迎えられたんですか？

林　何とか無事に上がってこようという気持ちでしたね。

東　これが最後の騎乗か…という感慨深さはありましたか？

林　いや、それは思ったよりなかったですね。とにかく早く終わってほしいというだけで(笑)。いつものことだけど、レース前はもうドキドキですから。今回はパドックでもたくさん声を掛けてもらってね。だから余計に緊張した。しかも単勝は1.9倍…。もう“アチャー！”っていう感じでしたよ(苦笑)。

東　それだけファンの方たちの熱量がすごかったということですね。パドックでは、どんな声援が聞こえましたか？

林　「頑張れ！」とか「お疲れさま！」とかね。

東　ファンのそういった声が力になったところもあるのでは？

林　いや、逆にプレッシャーに…(苦笑)。もちろんうれしいという気持ちはあるんですけどね。輪乗りしているあいだが緊張のピークだったな。

東　最後のレースは11着。ゴールした瞬間はどんなお気持ちでしたか？

林　ん〜、ホッとしたのが一番かな。最後は馬が故障してしまったので申し訳ないなと思ったけど、ゴールまでたどり着けたんでね。

東　ゴール後もファンからの声援がすごかったと思うのですが、ちゃんと林騎手の耳にも届きましたか？

林　はい。野次られるのかなと思っていたんだけど、逆に「お疲れさま」とか「感動をありがとう」とか言ってもらってね。ウイナーズサークルのほうから戻ってきたら、本当にたくさんのファンが迎えてくれました。関係者の方たちも、みんなウイナーズサークルに集まってくれたし。さすがにちょっとホロッときたね。



東　そうですよね。33年間続けてきたことが終わるとなれば、いろんな思いが甦ってくるでしょうし…。

林　そうだね。関係者への感謝、馬に対する申し訳ない気持ち…。

東　申し訳ない気持ちとは？

林　やっぱりね、ここ数年はレースに乗るのが怖くなっていたから。それが辞めようと決めた一番の原因。それまではワクワクドキドキして乗っていたんだけど、最近は怖くてドキドキしてた。それは馬に対して一番申し訳ないことだからね。

東　そういった気持ちの変化は、やはりケガをされたことがきっかけですか？

林　いや、ケガそのものというより、2015年の中山大障害で初めてGIを勝ったとき、「もういつ辞めてもいいや。やり切ったな」と思って、その矢先にケガをしたことが一番大きいかな。それでもアップトゥデイトがいたからここまで続けてこられたけど、どんどんどんどん恐怖心が大きくなってきてね。それで、もうどこかで区切りを付けようと決めたときに、2000回騎乗が近くに迫っていた。

東　そうだったんですね。「今年いっぱいで…」という区切りで辞められる方はけっこういらっしゃると思うんですけど、そうではなく、なぜ2000回騎乗だったのですか？

林　今年いっぱいとなると、中途半端な数字になるでしょう。そう考えたときに、2000回騎乗という数字がしっくりきて。どちらにしても、なにか辞めるきっかけがほしかったんでしょうね。


東　それにしても、さきほどおっしゃっていたケガから約2年半、ご自分のなかでどんどん大きくなる恐怖心と戦ってこられたんですね。

林　そうですね。それ以前はね、「怖いな」と思うのは危ない馬に乗ったときだけだったんだけど、最近はどの馬に乗ってもゲートに入るまでが怖くて。

東　ゲートに入ってしまえば大丈夫だったんですね？

林　はい、ゲートに入った瞬間、スイッチが入ります(笑)。

東　なるほど、スイッチがあるんですね(笑)。それをご自分でわかってらっしゃったから、なんとか恐怖心をコントロールしながらゲートに向かわれて。

林　うん。まぁ胃が痛かったけどねぇ。

東　前の晩は眠れない…なんていうことも？

林　いや、前日はお酒を飲んで、6時とか7時にはもう寝てたよ。そこから朝7時くらいまでぐっすりと。

東　めっちゃ寝てるじゃないですか！

林　そうそう(笑)。で、朝7時過ぎからちょこっと風呂に入って、8時から旅番組を観て。

東　調整ルームでは、けっこう優雅に過ごされていたんですね(笑)。

林　うん、それが自分のローテーションだったからね。だから、一番恐怖心にかられたのはレースの前の日ではなく、登録が決まった木曜日。あぁ、今週も乗らなアカンなぁと思うと、本当にドキドキしたよ。

(次回へつづく)