JRAと地方競馬のコラボレーション企画『JRA×地方競馬 競馬プレミアムウィーク』特別企画。日本競馬界を代表する武豊騎手と、大井の帝王・的場文男騎手の本格対談です。競馬プレミアムウィークだからこそ実現した二大レジェンドの本格対談を、netkeibaでもお届けします。
(インタビュアー:小堺翔太)
レジェンドの出会い
小堺 今年の年末年始も、JRAと地方競馬のコラボレーション企画、JRA×地方競馬「競馬プレミアムウィーク」が12月22日から1月5日まで開催中です。本日はそのスペシャルコンテンツとして、競馬界のレジェンド、武豊騎手と的場文男騎手にお越しいただきました。よろしくお願いします!
武 よろしくお願いします。
的場 よろしくお願いします。
小堺 これまでお二人で対談されたことはありますか?
武 二人だけでの対談は初めてですね。
的場 昔、一回だけJBCの時に京都でやりましたよね。その時はほかに地方競馬の騎手もいましたけど。
小堺 今日はレジェンドのお二人が並んでいるのがすごく新鮮で、とても楽しみです。早速ですが色々お話を伺いたいと思います。お二人が初めてお会いしたのはいつか覚えていらっしゃいますか。
的場 豊さんと初めて同じレースに乗ったのが、1987年のジャパンカップだったんです。新宿でパーティーがあって、そこで初めて会話をしました。たしかデビューしたばかりの頃でしたけどスター性があってすごかったです。その時に豊さんは相当な騎手になりますねって。
小堺 おっしゃったんですか?
的場 言いました! すごい騎手になりますねって。僕が20年くらい先に乗ってるはずだから…
武 20年も先では無いです(笑)。
的場 えっ? 僕65歳ですよ。
武 僕52歳なので、10年ちょっとです。
小堺 武さんに初めてお会いした時、どんな印象を持たれましたか?
的場 デビューしたばかりでもすごいオーラがありましたね。やっぱり日本の競馬界でこれだけの騎手はおそらく出ないと思う。もちろん中央競馬で4000以上勝つ人もね。僕の7000勝よりも中央競馬の4000勝っていうのはすごいことです。
ハイセイコー、オグリキャップ、ディープインパクトなどスターホースが誕生して、競馬ファンを増やしたのも事実だけど、やっぱり騎手でファンを魅了したのは豊さんくらいしか居ないでしょ? 騎手で競馬ブームを作るなんてすごい人だなと思います。
小堺 ということですが…
武 すごいありがたい言葉ですね。
ハイセイコー/第33回皐月賞(提供:JRA)
オグリキャップ/第35回有馬記念(提供:JRA)
的場 当時のハイセイコーはすごかった。競馬場にたくさんお客さんを呼びましたね。そういうブームをオグリキャップやディープインパクトとかシンボリルドルフ、が作ったんですけど、やはり騎手では豊さんだけじゃないですか。日本の競馬界を騎手で盛り上げたのは豊さんだけですよ。
小堺 では、武さんから見て的場さんの印象はどうでしたか?
武「あっ、的場文男さんだ」という感じでしたね、やっぱり。僕はもともと中央、地方という感覚はなくて意識もしていないです。同じ競馬ですしね。的場さんをスタージョッキーという感じで見ていました。最初会うまでは怖い人なのかなと思ってましたけど、すごく優しくてイメージと違いました。
小堺 第一印象からこういう方なのかなと?
武 すごく優しくて誰よりも腰が低い方ですごいなと思いました。
小堺 という印象のようですが。的場さんいかがですか?
的場 そうですかね(笑)。
武 本当に会うまではちょっと怖い方なのかなと思っていたんですけど優しかった…。
的場 (武騎手の言葉を遮り)いや〜なにより豊さんがすごいよ、豊さんは一流じゃなくて超一流!
小堺 すごいですね。褒めて武さんをガチガチにさせるとは(笑)。
的場 印象っていうのは大事で、豊さんはこれだけのスタージョッキーなのに気取った所がなくて温厚です。人間性も素晴らしいですよ。
競馬場の難易度
小堺 的場さんの褒め殺しが止まらないのでこのへんで(笑)。ここからは競馬場の話題についてお聞きします。武さんは国内外の競馬場でたくさん騎乗されていますが、乗りやすかったり、難しいなと思う競馬場はありますか?
武 浦和が難しいです。カーブがキツイです。
的場 怖いですよね。カーブがきついから。川崎もきついでしょ多少?
武 まあキツイですけど、浦和よりは。
的場 浦和は(身振り手振りで)こうなってますもんね。
武 なかなか慣れないですね。
的場 浦和は3、4コーナーに少し癖がある感じで。
小堺 騎乗していて気を遣う競馬場なんですね。
武 でも分かって乗っているので、別に難しくてもそれはそれでみんな同じ条件なので。
小堺 逆に乗っていて気持ちの良い競馬場だったり、乗りやすい競馬場はありますか?
武 乗りやすいって言うと、みんな乗りやすいですけどね。これもみんな同じ条件なので。馬にとって良いのかなって思うのは、砂や芝の状態の方が形状よりも大きいかなって。すごい良い芝だなとか、このダート柔らかいなとか。そういう点ではいろいろ思うことがあります。
小堺 海外ですと泥や粘土のような競馬場もあるみたいですけど。
武 土っぽいのも多いですし。芝生で言えば北海道の函館や札幌は世界一じゃないかなと思いますね。整備されていて、夏しか開催しないこともあるので、開幕週は本当に気持ちいいですよね。ヨーロッパへ行くと芝が本当に深いですし。
的場 脚を取られますか?
武 そうですね。下がボコボコしているんですよね。なかなかタフなところも多いです。でも、それも条件でやっているので不満はないですけど。すごいタフな競馬場だなとは思います。
現役について、記録について
小堺 その中でどのように工夫して結果を出していくかという事を考えているんですね。これまではコースの話をしましたが、続いてはお二人の話題に移りたいと思います。的場さんは1956年生まれの65歳でいらっしゃいますが、第一線で活躍されています。
的場 こんな年齢で乗っている方がおかしいですよ(笑)。
小堺 長く現役を続けられる秘訣をぜひ教えていただきたいです。
的場 関係者やファンの皆さんに応援してもらって、やっぱり騎乗回数と勝ち鞍じゃないかな、結局のところは。全盛期は地方で363勝した時期もありますけど、それから60歳から62歳までは100勝以上できたし。そして64歳から50勝くらいになりましたね。そろそろ打ち止めだなって感じです(笑)。
ただ辞めてもやることないんで、周りが見ていて頑張っている姿が美しいと思ってもらえるところまでは頑張ろうと思っています。もうそろそろダメですけど。
武 大井とかの騎手に聞いた話ですけど、的場さんがもうそろそろって言い始めてからすでに5、6年経ってますって(笑)。
的場 ちょうど40代後半くらいの時に、調教師も少し考えたんですけど、その時は250勝くらい勝っていたからまだいいかなって。あっという間に60代になっちゃいましたから。60歳から調教師になったってしょうがないなって。もう潰れるまで乗るかって感じです。
小堺 でも65歳で現役を続けている的場さんが活躍されていることは武さんにとっても励みですよね。
武 本当にそう思いますね。
的場 豊さんも65歳くらいまで乗ってもらって。
武 先輩がどんどん少なくなっていて、JRAでは3、4人くらいかな。善臣さん(柴田善臣騎手)や典さん(横山典弘騎手)とか。善臣さんは2つ上でJRAの最年長ですから。そうなってくるとやっぱり周りからも何歳まで乗るのとか、調教師になるのとか普通にそういう会話になるんですけど、そういう時に“的場さんがまだやっているから”みたいな。
小堺 的場さんの存在があるから安心感を持てる?
武 めちゃくちゃありますね。普通に乗っていることがすごいなと。
小堺 武さんご自身も長くキャリアを重ねて、今年は、3月のチューリップ賞でメイケイエール騎乗で勝たれて35年連続重賞制覇という記録、そして10月には凱旋門賞に騎乗されましたが、今年を振り返っていかがですか?
武 怪我もありましけど、それ以外は順調にやってこれたかなと思います。凱旋門賞に騎乗できたことは大きくて、充実した1年だったかなと思います。
小堺 年齢の話を繰り返して申し訳ないのですが、年齢を重ねていくにつれてご自身の中で変化はありますか。
武 正直あまり変わっていないですね。ずっと続けているのでオフもないし。
小堺 以前、武さんにちょっと意地悪な質問をしまして、「騎手をいつ引退するとか考えたことはあるのですか?」とお聞きした時に「今が楽しいからそんなこと考えたことがない」とおっしゃっていましたけれど。
武 そうですね。正直辞めたくないなって。何か次にやりたいとかそういうことも何も無いので。何より楽しいですからね。
小堺 やっぱり楽しいものがあるっていうのが大きいんですね。
武 それに、ありがたいなとも思います。周りで後輩もどんどん途中で調教師になっていったり、違う世界へいったり、という状況を見ると自分が恵まれているなと思います。
小堺 的場さんは一線で活躍されている武さんをご覧になって、どんな印象をお持ちですか?
的場 新人の頃から現在まで、他の騎手がどうしても勝てない馬でもバンバン勝ってますよね。古くは折り合いが難しいイナリワンに上手く騎乗したり、プレッシャーのかかる人気馬のオグリキャップに騎乗してしっかり有終の美を飾ったり。この人はすごいなと。
騎乗技術も超一流だし、人間性も超一流だし、もう素晴らしい人だなと思います。こういう人がやっぱり日本の競馬界を盛り上げていくのだなと思います。変な話なんですけど、黄綬褒章は絶対貰えますよ。
小堺 的場さんはご自身が受章されていらっしゃいますからね。
的場 なんで僕が貰って豊さんがまだなのかなと。年齢的なものがあるんでしょうかね。国民栄誉賞とか貰う気がします。これだけ日本の競馬界の発展に貢献されたから。
僕は今65歳なんですけど、豊さんには長く乗っていただきたい。調教師を考えていなければですけど。
小堺 ご自身の年齢くらいまで武さんに現役でいてほしいですか?
的場 できるだけ長く頑張ってもらいたい。
武 もちろんそれは嬉しいことです。そこまで出来れば。
的場 日本の競馬を盛り上げた人だし、日本競馬界のスターじゃないですか。だから1年でも長く僕の希望としては乗ってもらいたいですけど。
小堺 ファンも強くそう思っているはずです。
武 やっぱり勝てなくなると、ただ免許を持っているだけになってしまうので、ずっと勝ち続けなきゃいけないのかなと。
的場 一番はやっぱり勝つことですよね。
武 的場さんがなぜ長く続けられるかというとずっと勝っているからなんですよ。
的場 年間10勝、20勝が続くようならもう辞めるかもしれませんね。
小堺 勝ち続けるという意味では記録の面でもお二人はたくさん持っています。武さんは今年の10月に4300勝を達成されましたが、記録は意識されますか。
武 あまり意識しないです。記録を意識してやっている訳では無いので。ただ、数字として後で残るっていうことは良い事なのかなと思います。あとで振り返って「そうなんだ」という感じですかね。
小堺 我々ファンとしてはすごいなって盛り上がりますけど。
武 ただ4000勝の時はすごいバーっと盛り上がったんですけど、4100勝、4200勝、4300勝は意外と静かでした(笑)。
小堺 記録がありすぎて当たり前みたいに周りがなってきているのかも(笑)。
的場さんも国内最年長での騎乗記録や最年長勝利記録を更新しましたが、やはりそういうことよりも勝つことだけを考えていますか?
的場 そうですね、その日その日のレースをひとつでも多く勝ちたいなっていう気持ちがあります。
武 世界的にはどうなんですかね。世界で最年長勝利というのは?
的場 世界ならすごい人はいるんじゃないですかね、70歳くらいとか(笑)。
武 的場さん、チャンスじゃないですか! 世界最年長勝利。
的場 いやいや、そんなこと考えてないですよ(笑)。
武 乗る人はいても、勝つ人はなかなかいないと思いますよ。
小堺 調べたところでは2017年時点、アメリカで69歳の騎手が勝利した記録があるようです。
武 的場さん、目標が明確になりましたね。
的場 (笑)
小堺 しかもあと少しですね。あまりプレッシャーをかけちゃいけませんが。世界の最年長勝利記録を次の目標ということで、引き続き応援させていただきます。
的場 考えておきます(笑)。
東京大賞典の思い出
小堺 続いては、年末に東京大賞典が行われますので、大井競馬場の話を伺います。武さんは大井競馬で大きいレースをたくさん勝たれていますが、大井のコースについて何か印象をお持ちですか?
武 的場さんの前で言うのもなんですが、大井競馬場はやっぱり地方競馬場の中で最も大きい競馬場で直線も長いし、乗りやすいですよね。癖があまりないかなと。
小堺 的場さんはホームグラウンドですけどいかがですか?
的場 地方競馬の中で、大井競馬場は直線も400m近くありますし、広々としていてカーブもそれほどきつくないし。やっぱり他の小回りな競馬場だとカーブがきついしね。あとは東京の中心にあるということが魅力かな。
小堺 羽田空港からのアクセスもいいですよね。その大井競馬場で年末行われるのが東京大賞典。お二人にとって東京大賞典はどんなレースですか。
的場 昔はね、最長で3000mの時もあったんですよ。その後、中央との交流戦になって日にちや距離が変わって。今は中央のスターホースが来てくれてさらにお祭りムードで盛り上がっていますよね。
小堺 武さんにとってはどうですか。東京大賞典というレースは?
武 JRAの騎手にとっては、東京大賞典が1年で最後のレースになるので、仕事納めみたいな感じです。騎乗できるのも数人しかいないので毎年乗りたいですね。
小堺 武さんはその東京大賞典で5勝されています。2002年のゴールドアリュールから始まって、スターキングマン、ヴァーミリアン、スマートファルコンで2回勝っていますけど、思い出に残る東京大賞典はどのレースになりますか?
スターキングマン/第49回東京大賞典(提供:地方競馬全国協会)
武 全部よく覚えていますよ。中でもスターキングマンで勝った時はすごく覚えていますね。
小堺 2003年ですね。
武 別に断然人気ではなかったんですけど、途中から“あれ、勝てる?”って思った瞬間、その閃きがあったことをよく覚えています。
小堺 確か4コーナーあたりでもう3番手くらいにいましたよね。
武 思った以上に馬が走ってくれて、4コーナーくらいで勝つって思ったことは覚えていますね。
小堺 感覚としてそういう風に捉えられるレースって珍しくないですか。
武 そこまで急に思うっていうことはあまりないですね。
小堺 スターキングマンでのレースを挙げていただきましたが、的場さんは1986年にカウンテスアップで東京大賞典を勝利しました。当時3000mのレースを逃げ切って勝ったわけですが。
的場 3000mなので本当に折り合いが大事で、引っかかったらなかなか難しいですね。それが引っかからなかったんですよ。1周目から折り合いついて気持ちがよかったから、1番人気のハナキオーに勝てるなと思いましたね。
カウンテスアップ/第32回東京大賞典(提供:地方競馬全国協会)
小堺 ハナキオーは三冠馬ですが、最後は2頭の対決となって3着以下を大きく離していました。
的場 騎手として豊さんもあると思いますが、道中上手くいく時ってありますよね。なんでこんな気持ちよく走ってるのって。騎手と馬の息もピッタリだったから1周目を回ったところで、まだ残り1600mくらいあるけれど、これなら勝てるなって閃きがありました。
小堺 あとジョッキーの感覚でまさに人馬一体というか、そういう感覚になれるというのも、なかなか無い機会かなと思いますけれども。
武 突然上手くいく時とかありますよね?
的場 そうそう。上手くいっているなという感覚で4コーナーを迎えることがあるんですよ。そういう時は4コーナーからゴーサインを出すとほとんどの馬が弾けますよね。
小堺 ちなみに、武さんは全て上手くいったみたいなレースはありましたか?
武 それこそスマートファルコンはすごく難しい馬でしたけど、ペースとか関係なくとにかく気分優先で走らせたらどうなるのかなってやってみたら、レコードを出したんです。
小堺 2010年の東京大賞典でダート2000mを2分00秒4で走ってレコード勝ちしました。
的場 スローペースで無理して引っ張ってもダメですからね。
小堺 馬にとってもそれだけ負担が増えるということですか。
的場 車で例えるなら、アクセル踏んでたくさんブレーキをかけたら、ガソリンを消費しちゃいますからね。
小堺 なるほど。ここまで東京大賞典を中心に振り返りました。後編もお楽しみに!
(文中敬称略)