有馬記念には、競馬の「不思議」がみんな詰まっている。GIホースが勢ぞろいした今年のグランプリも、それはそれは不思議なレースだった。晴れていたはずの天気が急に怪しくなり、有馬記念が近づくとなぜか黒い雲が中山競馬場の上空を覆った。明が暗に変わった。なにかが起こりそうだった。レースが終わると雨が降り出し、それがみぞれに変わり、やがて牡丹雪が降ってきた。
先導する馬がいない組み合わせ。前半のスローペースはだれもが考えた通りである。好スターを切ったが先手は取りたくない感じのアーネストリーは、最初、内を空けて行きたい馬をうながしたが、だれも行く気はない。それならと自分でレースを作ることにしたアーネストリー(佐藤哲三騎手)だが、向う正面に入るあたりから「…13秒1−14秒4−14秒3…」。いわゆる「ふつうのレースの流れ」は完全に壊れている。みんなが想像した以上の、信じ難いペースのレースが展開した。
有力馬の大半が出走していた昨年の有馬記念が、前半スローで、前後半の1200m1分15秒5-(6秒7)-1分10秒4。今年のそれは1200m、1分18秒0-(7秒1)-1分10秒9。
遠い昔は別に、歴史的なペースである。タップダンスシチー(佐藤哲三騎手)が逃げて、ゼンノロブロイがレコードで抜けた2004年は、前後半の1200m、1分12秒5-(6秒0)-1分11秒0。
したがって、ちょうど中間地点では、今年、もっとも速かった2004年より5秒5(約30〜35馬身)も遅い流れだったことになる。長い歴史の中では、不思議なスローになり、オグリキャップが奇跡の逆転勝利を飾った1990年、その前半1200m通過が1分17秒1だったという記録があるが、前半はそれよりさらに1秒も遅かった。有馬記念はやっぱり不思議なレースなのである。
1コーナーを回るとき、スタートもう一歩で位置取り争いに加われなかったオルフェーヴルは最後方だった。それからしばらくして実況画面に表示された1000m通過の参考時計が63秒8である。一方、ブエナビスタは絶好の好位のイン3〜4番手。昨年はあまりのスローに向こう正面で動いたヴィクトワールピサは、今年は最初から楽々と2番手だから動く必要がない。早めにスパートするとみられたトーセンジョーダンも動かない。こうなれば、切れに勝るブエナビスタの好走は当然、アーネストリーの粘り込みも約束されたことのように思われた。
しかし、あまりのスローにみんなのリズムは破綻していた。だれもスパートしない(できない)まま3コーナーまで流れてしまったから、レースの上がり3ハロンは、11秒4-11秒3-11秒3=34秒0。有馬史上最速である。
高速上がりのレースだからといって、前に位置した馬有利はレース全体のことであり、中山の2500mでここまで上がりだけの決着になると、もうレースバランスうんぬんも、瞬発力の差もない。
外を回って進出したオルフェーヴル(父ステイゴールド)は、勝負どころから一度もブレーキをかけることなく、一気のエンジン全開が可能となった。あまりのスローゆえ、3コーナー近くで馬群がほほ一団になってくれた。仕方なく外に回ったが、もっともスムーズに、ストレートに後半の加速に成功したのがオルフェーヴルだったろう。1コーナーで「暗」の立場に置かれたと映ったオルフェーヴルは、勝負どころからは逆に「明」の進路が広がっていたのである。
文句なしに強い。みんなが考えていたより、また今回もずっと強かった。トップの古馬相手に、いったんはもっとも苦しい立場に追い込まれながら、全馬をまとめて差し切った。パドック、本馬場入場など、いつにも増してどころか喧騒にも近い有馬記念だから、少し落ち着きを欠くところもあったが、この相手の特殊な流れを乗り切ったら、もう怖いものなどない。来季の挑戦の場所やレースは未定だが、こういう上がりだけの勝負に集約されるレースを勝ったから、ヨーロッパの多くのレースにありがちな最後の競り合い(勝負強さと、爆発力の勝負)もこなせるに違いない。
エイシンフラッシュ(父キングズベスト)はリズムを欠くことなく、一番スムーズに流れに乗っていた。さすが、ルメール騎手。であると同時に、こういう流れの日本ダービーを勝った馬でもある。4歳世代の面目は保った。この馬、右回りの方がいい。
トゥザグローリーも同じ4歳世代のトップクラス。今回は落ち着き払って、本馬場に入ってゆっくり歩けたのはこの馬だけだった。以下、ルーラーシップ、ヒルノダム―ル。みんな必ずしも今回の流れに全能力を発揮できたとはいえないものの、きっちり上位を確保したのは4歳世代だった。
有馬記念は年度の締めくくりであると同時に、来季に向けての出発点でもなければならない。3〜4歳馬の上位独占は、来季2012年に向けた展望の第一歩だった。
ブエナビスタの敗因は、正直わからない。スロー過ぎてずっとハミを噛んで行きたがってリズムが崩れたことも、やけに馬体がふっくら良く見えすぎたことも、ジャパンCは勝ったが、勝って示したのが全盛時のブエナビスタではない「予告」もあったろう。でも、レースが終わるといつも、偉い馬だなぁと思わせたブエナビスタはいなかった。
みぞれが牡丹雪に変わって、いつのまにかもとの空にもどり、暗闇がおとずれて引退式が終わった。ほんの最後しか見る時間がなかったが、引き上げるブエナビスタがずっとあたりを照らすライトを見詰めていた。きっと雪のしずくが残って濡れていたのだろう。ブエナビスタの眼が、キラキラ光っていた。
【お知らせ】
『重賞レース回顧』の次回更新は1/10(火)になります。ご了承の程よろしくお願い致します。