関東の競馬記者のたむろする記者エリアで、もし、関西圏の3歳馬のレースが放映された直後のテレビの前の反応を収録しておくなら、クラシック候補のランキングや、勢力図を作成するのはいともたやすいと思える。「どよめき」の大きさと、「ため息」の漏れた順に並べればいい。それだけでまちがいなく、ほぼ正確な候補のランキング表ができあがることだろう。
直線に向くと、まず先行馬群の外に回ったC.デムーロ騎手のベールドインパクト(父ディープインパクト)抜け出しを図り、あっというまにその外に追いついてきたワールドエース(父ディープインパクト)が、小牧太騎手がムチを入れるのでもなく弾けるように抜け出し、それをマークするレース運びになった安藤勝己騎手のヒストリカル(父ディープインパクト)が回転の早いフットワークで鋭く追いすがった。
それぞれいろんな馬を買って、たとえば関東のマイネルアトラクスに注目していた記者がいたかもしれない。しかし、「おおーッ」と驚きの声を出したあと、直線のリプレイをみながら、だれからともなく静かになって、「なんなんだよ……」。今春の関東の取材記者としての仕事に、また、魚のいないプールに釣り糸と垂れるような時間を作らなければならないことを予感したのだった。
勝ち時計の「1分47秒0」は、近年、毎年のようにクラシック候補が羽ばたきはじめるこの出世レースのレースレコード。2006年、ドリームパスポート(3冠レースを2、3、2着。直後のジャパンCはディープインパクトの2着)が、メイショウサムソン(2冠馬)を封じて記録した際の1分47秒4を上回った。
驚くのはそのレースの中身だった。ちょっとカリカリしすぎていた印象のアルキメデス(父アドマイヤムーン。オーナーはドバイのモハメド殿下)、ローレルブレット(父サムライハート)などの先導した流れは、前半1000m通過61秒7。超スローというほどではないが、3歳の京都の外回り1800mとあって先を争うレースではないから、ゆったりペースそのもの。全体の走破時計が速くなる流れではない。ドリームパスポートの年は1000m通過60秒0だった。
前半スローだから後半が速くなるのは当然とはいえ、記録されたレースの後半4ハロンのラップは「11秒6-11秒3-11秒3-11秒1」=45秒3-33秒7。古馬のAランクの馬にとってさえ対応のむずかしい高速フィニッシュである。これを少し離れた中団から、とても450?台の馬とは思えない大跳びのストライドで楽に追走のあと、一番外に回って差し切ったワールドエースの後半は「44秒1(推定)-33秒0-11秒1」。恐ろしいことに、これを軽く気合をつけて進出をうながした程度で記録し、ゴール前はほとんど馬なりだった。
母マンデラ(父アカテナンゴ、さらにその父ズルムー)は、2007年のジャックルマロワ賞(仏1600m)、プリンスオブウェールズS(英アスコット10F)などを制したマンデュロ(父モンズーン)の半姉。いま注目のドイツ血脈の典型である。種牡馬モンズーンの母の父がズルムーなので、正確には半姉以上に似た血を秘めている。ドイツ血統に、ノーザンダンサー系、ミスタープロスペクター系などのスピード血脈の血が加わった近年の大成功は知られるが、そこにサンデーサイレンス系ディープインパクト。現代の最先端を行く配合例に相当するのが、ワールドエース(よほどの自信がなければ命名できない)であり、この馬名の意味はチャンピオンになって欲しいというだけではないのだろう。またまた、池江泰寿厩舎。ノーザンファーム生産。サンデーレーシング所属。ワールドエースが馬でなければ嫌われるかもしれないくらいである。
2着に突っ込んだヒストリカルは、結果として道中3馬身ほど前にいたワールドエースを終始マークする展開から1馬身半差の2着。したがって、同馬の方が上がりは速い計算になり「32秒8」。ヒストリカルの走破タイムも従来のレースレコードを上回る1分47秒2だから、一気に評価は上がることになるが、相手がほぼ馬なりに対し、懸命に追撃しての1馬身半差。時計や着差以上のスケールの違いを感じさせたことも否定できない。
カンパニー(父ミラクルアドマイヤ)の下とあって、まだまだ未完成の部分が大きいように考えられるが、カンパニーとてそれほど晩成タイプだったわけではなく、大事に使われていたため8歳時に大仕事をする不思議な競走成績となったもので、ずば抜けてタフだったのが一族の真価。ヒストリカルは確かにまだ成長の途上とはいえ、今回の懸命の2着によって逆にワールドエースとの差が明白になってしまったともいえる。候補のランキングは評価急上昇ではあるが…。
そこから3馬身差のついたベールドインパクト、さらにジャスタウェイ以下は、上位2頭があまりに走りすぎたとはいえ、ランキング表の中での順位は上がらないだろう。まだまだ上昇の余地も可能性もあふれるほどあるが、この時期に「相手が強すぎた…」とするコメントには、正直、かなりつらいものがある。