生まれ変わった新中京競馬場で行われたスプリント重賞。発表は「良馬場」に回復していたが、秋の中山のスプリンターズSや、これまでの高松宮記念とは大きく異なる走破時計1分10秒3(前半34秒5-後半35秒8-最後12秒5)の決着だった。1分07秒前後さえ珍しくない軽快なスピード決着とは、その中身が大きく違っていた。
ずっとこの開催と同じような芝コンディションで行われるとは限らず、また、良馬場とはいえ再三雨にたたられた今季の新しい中京だから、これまでとは一変のレースの中身になったともいえるが、中山や東京、新潟に代表される高速の芝があれば、ちょっとタフな洋芝の北海道シリーズもある。そして、めったに上がり3ハロン33秒台のフィニッシュなどありそうもなく思えた新中京の芝コースは、海外のビッグレース遠征展望の適応性の確認など、多様なコンディションのコースが求められる現在の日本の競馬場として、意味のある新コース誕生だろう。
カレンチャン(父クロフネ)の勝利は、そういう観点でも象徴的な勝ち星だった。昨2011年の最優秀スプリンターというだけでなく、これまでさまざまな日本のエース級が挑戦してもまるでレースにならなかった香港スプリントで差のない5着。互角のレースをした馬である。
その香港スプリント挑戦からひと息いれて立て直し、オーシャンSをひとたたきして完調で臨んだのがこの1戦。陣営の仕上げは完ぺきだった。最近は必ずしも先行しないことが多いが、「12秒2-10秒6-11秒7」=34秒5の前半は、この日、直前の9Rに組まれていた1000万特別とまったく同一の前半3ハロン。GIとすれば楽々のペースだったから、ロードカナロアも好スタートだったが、カレンチャンも苦もなく2〜3番手追走。スキなしのポジションにおさまることができた。この日、最終週の重賞レースでは良くあるケースだが、前週とは一変して内ラチ沿いが走りやすかった。それでこのペース。馬場を読んだ10番枠のカレンチャンもたちまちインに進路をとった。池添謙一騎手の好リード、好プレーである。
先週の今週で、いきなり池添騎手を讃えるのは変に思われるかもしれないが、好プレー、好判断を賞賛するのは当たり前のこと。逆に、どうみても判断ミスと思え、とても誉められた騎乗ではない場合は、鞍上の不手際を指摘するのもまた当然のことである。このあたり、こと日本の調教師や騎手と、報道するマスコミ陣と、さらにはオーナーやファンのあいだには妙な歴史があり、陰でミスを嘆きながら、表立ってはなにも言わず、また一方、騎手や調教師も、めったに自分のいたらなさや、判断ミスを認めることはなかった。すべて馬や馬場やペースに敗因を探せばこと済んだ。
「わたしの騎乗があまりに愚かだった」とか、評価を失わないためのいささかオーバーすぎる海外の著名騎手のレース後の釈明は、それは日本のファンや関係者にはふさわしくないが、近年は海外からの遠征騎手が一般的になったことも影響するだろう。ペースや、馬場や、馬の幼さや気性だけをすべての敗因にするのではなく、「あそこで動いて出ればもっといい結果が出たのは間違いない」「ペースを読み違えてしまった。申し訳ない」など、騎手のコメントも明らかに変化している。そうしないと、必然の乗り代わりが待っていたりもする。
プロだから、絶賛を浴びるレースもあれれば、ときにブーイングや物足りなさを指摘されるのは当たり前のことである。サッカーも、ゴルフも、野球も、バスケットボールも、各種の公営競技も、アマチュアスポーツでなければ、それがごく当然の競技者側とファンの関係である。
陰での悪口はたわごとにすぎず、卑劣である。たとえば、少し以前の信じがたい位置取りの「エリザベス女王杯」とか、前がふつうのペースで行っているのに前半ちょっと離れすぎてしまい、禁断の(必ず失速する)3コーナー手前からのロングスパートせざるを得なくなった「日経賞」とか、先週のオルフェーヴルとか、目に余ったケースは、自分の名前を出した上で、批評なり、あれはミスではなかったかと指摘するのは、相手がプロであるから、当たり前のことである。
まあ、お金のかかっている競馬の場合、絶大な尊敬の対象が、次の日は一転、わざわいの張本人になったりするから、騎手は非常に切ないところがある。他のプロスポーツより、はるかに危険を伴う特別な職業でもある。しかし、世界のどこにも、騎乗に批評を加えるのがタブーなどという未開の国はない。賞賛の記事だけで固めた報道の紙面や、放送は、送り手のバレバレの虚言である。幸い、わたしの周りには、批評と非難の本質的な違いを理解する人びとがいっぱいいる。(また、すこし脱線した)
サンカルロ(父シンボリクリスエス)は、やっぱり新中京はぴったりだった。いつにもまして猛然と追い込んできた。いざGIとなるとあと一歩が足りないのは能力というより、もう持ち味(キャラクター)なのだろう。大きなクビ差だった。今回の場合は、ペースがもたらした不利も大きい。「34秒5-35秒8」=1分10秒3は、「34秒5-36秒4」=1分10秒9だった9R1000万特別とほとんど差がない。そういう流れがちょっと不運だった。
人気の中心ロードカナロア(父キングカメハメハ)は、初のGIでこの着差だから、あと一歩力及ばずといえばそういう結果だろうが、あんまりみんな行かないものだから、好スタートゆえいつもの自分の得意の形ではなかったこと。初の左回り、経験の乏しい直線の坂、多少なりとも急仕上げのきらいもあったこと。当日、やや大人しすぎた気配など、小さな要因が重なった結果と思える。勝者は同厩の先輩格カレンチャン。乗り超えるべき相手は改めてはっきりした。着差は約半馬身。カレンチャンもまだ進化するかもしれないが、こちらはこれからも上昇あるのみ。たちまち追いつくだろう。
一旦は先頭に並びかけたダッシャーゴーゴー、初の強敵相手でありながら、バテなかったマジンプロスパー。上位5着までに入ったのは、みんな上位6番人気までの高い支持を受けた馬ばかりだった。1000万の特別とそう大きな違いのないレース内容は、ランキングがまったく異なるGIのメンバーとしては、ちょっと物足りず、GIらしくもっと厳しい白熱のレースが展開できた印象も残った。しかし、だれでも走れそうな時計なのに、それでいて人気薄の台頭は許さなかったのだから、こういうメンバーには、あまり軽い芝ではなく、少しタフな芝コンディションの1200mは必要なコースなのである。