3冠のかかったジェンティルドンナ(父ディープインパクト)が、同じディープインパクト産駒ヴィルシーナ(父)との「ハナ差」の接戦を制し、見事、史上4頭目の3冠牝馬に輝いた。薄氷の接戦をものにしたことにより、ジェンティルドンナの能力の高さはかえって浮き彫りになり、広がる未来への可能性はまた一段と大きくなったが、このコーナーは賞賛の美辞麗句をならべたてる回顧ではないので、あえて少し苦言も呈したい。
レースの流れは予測されたようにスロー。というより、予測を上回る超スローペースで展開することになり、前回、同じようなレース運びで1000万特別を勝った伏兵チェリーメドゥーサ(父シックスセンス)が、最後方追走から向こう正面に入って一気に先頭を奪った。これがだいたい900m通過地点。したがって、やや強引に先頭に立って後続を少し離しはじめたチェリーメドゥーサが、前半1000m通過地点からゴール前100mぐらいまでのレースを作った逃げ馬になる。ところが、レース全体の前後半バランスは、
前後半の1000m「62秒2―58秒2」=2分00秒4
1996年にこのレースが創設されて以来、前半1000mが62秒台の超スローになったことなどもちろん史上初めて。充実の秋のGIである。勝ち時計の2分00秒4も、ファレノプシスが勝った1997年(内が荒れた芝状態は良くなかった)の2分02秒4に次ぎ、史上2番目の遅い勝ちタイムになってしまった。
勝ちタイムが遅いことは、ひとつも悪いことではない。レースの流れが史上NO.1のスローペースなのだから……。また、このあとのことを考えれば、高速レースがもたらす活力減は防がれた。ほとんど消耗もなかったと考えることはできる。
しかし、外枠もあってローズS(1800mの前半1000m通過は61秒4のスロー)のように好位追走策が取れなかったジェンティルドンナ自身のレースの中身は、
推定、「64秒2−56秒2(上がり33秒1)」=2分00秒4
という、あまりにもアンバランスすぎるそれになってしまったのである。
ほかにも上がり「33秒0〜1」を記録したアロマティコ、4着ブリッジクライムなどがいたスローペースであり、中距離2000mのことだからこのくらいの高速上がりは平気(腱などに負担はかからない)とはいえるが、それでなくとも超高速の芝の弊害がささやかれる中、好んで高速上がりをこなさなければならない位置にいたのは、このあとの未来(ビッグレースがいっぱい待っている)を考えると、好ましいことでなない。
また、ジェンティルドンナだからこそ、超スローをあの位置にいても差し切れたが、仮にチェリーメドゥーサ(4コーナー手前の1600m地点通過は1分36秒5。これは史上、遅い方から数えて3番目タイの遅い時計)に、あとワンパンチ、もう少しの総合能力があったなら、あのまま逃げ込まれていたのは間違いない。
チェリーメドゥーサ自身の記録は、「62秒2−58秒5」=2分00秒7であり、上がり3ハロンは35秒5(最後の1ハロンだけ12秒7に急失速)だったが、もうちょっと能力があったなら、あそこまで気分良くスローからのスパートが決まったら、2分00秒0前後で乗り切れていただろうことは容易に想像がつく。勝負どころで離して7〜8馬身の差はあったが、実際には平凡なペースだったから、チェリーメドゥーサ(小牧騎手)は、途中から大逃げしたわけでも、(最後方からの進出だから特異ではあっても)、ムリな奇策からのリードではまったくなかった。あとちょっとだけ秘める能力さえ持ち合わせていたなら、楽々と勝っていた内容である。
また、2着ヴィルシーナの2分00秒4は、推定「63秒5−56秒9(上がり33秒9」であり、この馬こそ、あとほんのちょっとだけ、加速能力(いわゆる本質的なスピード能力)に恵まれていたなら、打倒ジェンティルドンナが実現するところだった。3コーナーすぎの勝負どころで、まだ中団の外にいた勝ち馬とは5馬身前後の差はあった。前を行くチェリーメドゥーサに目標を絞っていい展開になっている。ヴィルシーナ自身の1600m通過地点は1分37秒5前後(推定)、助走にも近い遅いペースである。
しかし、この馬、レース展開を読んで先手を奪うまで追い通しでもダッシュが利かなかったように、ギアチェンジの加速力がない。バテはしないが速い脚のない死角が出てしまった。オークスで5馬身もの差をつけられたジェンティルドンナと「ハナ差」の接戦に持ち込み、ゴール前はマッチレースを展開させたから、それは見事だが、今回勝てなければおそらくもう2度と先着することはないだろうと思える千載一遇のチャンスを逃してしまった気がする。だれがみても、その「能力差は歴然」だけに、このハナ差は惜しかった。
ジェンティルドンナを待ち受ける相手は、これから格段にレベルアップする。外枠の不利もあったから、ローズSで試行した先行策はとれなかった。それでも勝った。しかし、2000mのスピードレースで前半62秒2の超スローで先行する伏兵から大きく離れ、自身の前半1000m通過はどう振り返っても64秒前後である。
前と離れてしまうと、とくにビッグレースでは「体内時計」が狂い、ペース感覚に異常をきたすとされる。また、位置取りが決まってしまうと途中では動けない。動いてはならないことのほうが多い。長距離のビッグレースで、超スローなのに信じがたい位置でためこんでいる人馬がいるのはこのためだが、高速2000mのレースで、はるか前方に伏兵が気分良く先行していて、まして当面の相手ヴィルシーナが5〜6馬身も前にいるのに、自身の1000m通過が64秒前後で平気だった体内時計は修理する必要がある。
ヴィルシーナや、チェリーメドゥーサや、同じような位置にいて、記録に残る数字は同じ「上がり33秒1」だったアロマティコ(父キングカメハメハ)がこういう力関係の同じ3歳の牝馬だったから、ハナ差で3冠は達成できた。相手が弱かったのである。ジェンティルドンナと岩田康誠騎手の今回のレースは、その中身はおそまつであった。