スマートフォン版へ

天皇賞・秋

  • 2012年10月29日(月) 18時00分
 M.デムーロは、ひざまずいて両陛下に深い敬意を表した。2010年の日本ダービーのあと、ずっと勝てなかったエイシンフラッシュの能力の高さを信じて疑わなかった人びとは、その痛快な逆襲劇に、デムーロにひざまずきたくなった。

 素晴らしい状態に仕上げた藤原英昭調教師以下、かかわったスタッフの手腕はそれこそ見事。2年5カ月ぶりに、日本ダービー馬に再びGI勝ちを加えた努力は賞賛に値する。また、能力を全開させて久しぶりのビッグタイトルを手にしたのはエイシンフラッシュ(父キングズベスト)自身ではあるが、M.デムーロの鮮やかな騎乗による勝利であることに、疑いのかけらもない。

 もう10年以上も前、「この若者が今度、日本でも乗ることになった」と、吉田照哉さんに連れられて東京競馬場に来たM.デムーロは、ひどく寒い日だったこともあるが、鼻水をすすりながら巨大なスタンドを見上げていた。おどおどした、あまり使えそうもないイタリアの田舎育ちの少年のようにみえた。あれからいったい何回日本にきて、何年たったのだろう。JRAだけでなく、NARの短期免許で騎乗したこともある。

 ビッグレースを制して、日本の騎手に抱きつかれて祝福され、くしゃくしゃの顔でもっと強く抱き返しているミルコは、「あいつは外国人じゃない」といわれる。同感である。ミルコは競馬新聞も読める。本国イタリアの競馬界は苦しい。でも、弟まで連れて日本にくるのは決して稼ぎに来るためだけではない。法外な税金に泣いたこともあるが、ただ、日本に来たいのである。熱狂のファンが好きで仕方がない。たしか、松田大作騎手は、デムーロの故国だからイタリアに修行に渡った気がする。

 シルポート(父ホワイトマズル)の先手主張は、みんなの予測通り。昨年は、途中から自分自身がムキになったように「…45秒1−56秒5→」で飛ばして大失速の1分59秒2(16着)だった。今年は前半「…46秒0−57秒3→」。たしかに途中までは昨年より遅かったが、そこから思い直したように差を広げて1600m通過は「1分32秒7」。まるで安田記念だった。昨年が「1分32秒2」だから、馬場状態を考慮するとほとんど同一にも近い猛ペースである。でも、今年は進化して1分58秒6で12着だった。7歳シルポートは少しも失速を恥じたりしはない。この喜劇役者は懲りることなど知らない。

 シルポートに独走されて苦しかったのは、2番手追走になった3歳カレンブラックヒル(父ダイワメジャー)だった。初の2000mである。シルポートは決して関わってはならない存在だから、なだめて離れて追走したが、この馬の前半1000m通過は遅く推定「59秒2前後」。スローに近いペースで先導する絶好のペースメーカーに陥ったと同時に、後続の格好の目標になってしまった。自身の推定バランスは「59秒2−58秒5(上がり34秒5)」となる。自身はここ2戦と同様に後半ピッチを上げて伸びている。初の2000mで、現時点の能力はほぼ出し切ったとしていいだろう。外枠の不利もあった。

 エイシンフラッシュは、上がりだけの競馬になった日本ダービーで、それでも好位から一度下げるようにスパートを待ったのが正解で上がり32秒7。その数字が伝える「本当の鋭さ」の中身や、じっとインで我慢したからこそ直線で一瞬スパっと伸びて2着に上がった有馬記念の内容、さらには、昨年、飛ばすシルポートを自分から動いて出て日本レコードに近い1800m通過「1分44秒3」の地点で先頭には立ったものの、最後には鈍って止まった内容から、使える爆発的な速い脚は「短く限られる」。ずっと勝てなかったからこそ、エイシンフラッシュの長所も死角も知り尽くした藤原英昭調教師の思い描く作戦があった。

 その通りだと、納得で受け入れたM.デムーロ騎手の思いの重なった秘策は強力だった。イン狙いに出るところまで同じだったのだろう。坂上から猛然と伸びた。2年前の日本ダービーよりもっと強烈だった。エイシンフラッシュの前半1000m通過は推定「61秒台」のスローと思える。だから、日本ダービーの再現となったのである。

 よくあんなところがガラっと空いていたものだが、あそこはシルポートの後退してくる危険な場所。シルポート(小牧騎手)は偉い。バテバテになりながら、少しもヨレなかった。

 人気のフェノーメノ(父ステイゴールド)は、天皇賞の1番人気馬らしく、正攻法に徹した。前にカレンブラックヒルはいたが、この流れだから(同馬の1000m通過は60秒前後か)、実際には他馬のマークを一手に引き受ける位置だった。後半を「推定57秒4―45秒7―33秒8」でまとめて負けては、相手を誉めるしかない。インから抜け出されたエイシンフラッシュをゴール寸前、また追い詰めている。大種牡馬デインヒルの肌にステイゴールド。まだ3歳秋。今回が8戦目。当然、つぎはジャパンC。さらにその先につづく未来は、蛯名正義騎手と…、だろう。

 ルーラーシップはさすがだった。負けてさすがもないが、多少とも体に余裕はあったろう。痛恨の出負け。大外を回って上がり33秒1は、通ったコースを考えれば、エイシンフラッシュの33秒1を明らかに上回っている。シルポートの記録だけはハイペースだが、後続の一団はスローだから、展開も味方しなかった。なぜか連続して好走、快走が少ないのがこれまでだから、あえて今回はルーラーシップにしては凡走だった、と考えよう。

 4着ダークシャドウ(父ダンスインザダーク)は、休み明けが多かった古馬の中では、明らかにここが大目標と思えたが、昨年1分56秒2で2着の同馬とすると、かなり物足りない内容に終わってしまった。同じレースでみんながみんな納得の内容に終わるとは限らない。悪くはなかったが、個人的には昨年のデキにはなかった気がする。

 快走を期待した伏兵ジャスタウェイ(父ハーツクライ)は、力は出し切ったものの…、そういう印象の濃い0秒5差。カレンブラックヒルとまたまた並んで入線だから、能力は出し切ったということだろう。まだ3歳秋、もっとパワーアップすることを期待したい。

 天皇賞・秋とは関係ないが、M.デムーロ騎手を絶賛したから、この日、降着処分になったC.スミヨン騎手についてぜひ触れておきたい。東京の新馬4Rソロル号の降着は、たしかにかなり危険な激しいプレーではあったが、パトロールフィルムで明らかなように、急な斜行ではない。互いにぶつかりあった相手の体力(余力)が乏しかったから、接触でよれて内ラチに接触したのであり、「急な斜行」判断は妥当ではないと思える。また、現在改革されつつある降着基準に沿わない判断でもある。降着の基準や判断は、どこの国でもどういう時代にも論議を呼びつづける難しい問題だが、日本では、不信感をもたれて仕方のない内部機関に裁決がある以上、「難しい判定」はきちんとした文書で詳細をファンや関係者に分かりやすく説明するという約束が、なぜか守られていない。裁決は、いつも、だれよりもひたむきな姿勢を保ちつづけ、みんなの信頼と尊敬に値する人たちでなければならない。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング