今年の安田記念が注目を集めたのは、もともとマイル路線中心の「2番人気グランプリボス、4番人気カレンブラックヒルなど」がいるところへ、1200m中心のスプリント路線から「1番人気ロードカナロア以下」が挑み、中距離路線グループから「3番人気ショウナンマイティ、5番人気ダークシャドウ」が初めて1600m挑戦となったこと。マイル路線組に対し、別の路線を歩んできたグループの可能性を考えながら、3つのグループの1600mの力関係を推理することだった。その結果は、
・マイル戦中心組……「ダノンシャーク3着、マイネイサベル4着」
・スプリント戦組……「ロードカナロア1着、サクラゴスペル5着」
・中距離路線組………「ショウナンマイティ2着、ダークシャドウ6着」
上位6着までを、3つのグループが仲良く「2頭ずつ」分け合う結果となった。
レースの流れは、ハナを主張することに成功したベテラン8歳のシルポートが飛ばしたが、昨年ほど猛ペースではなく、前半1000m通過は「57秒0」。レース全体のバランスは「45秒3-46秒2」=1分31秒5。高速の芝コンディションを考えると、ほぼ予測されたとおりのきびしい中身のマイル戦だったろう。途中からハロン11秒台がずっとゴールまでつづいた。
勝ったロードカナロア(父キングカメハメハ)は、2戦目に1600m2着、3戦目に1400m2着があり、また、必ずしもスプリンターの典型という血統背景も、体型でもない。ただし、短距離路線に圧倒的な良績をのこす安田隆行厩舎の所属馬とあって、途中から1200mで連勝をつづけたため、久しぶりの1600mに心配もあった。
だが、同馬の1600m「1分31秒5」の中身は、推定「46秒8-44秒7」が前後半のバランスだから、見た目とは違って、引っぱられた内容ではない。後半のほうが約2秒も速いのである。1200mのGIのほか、マイルのGIもこなした歴代のチャンピオンを上回る素晴らしい内容である。秋の1200m〜1600mのビッグレースに向け、これまでよりさらに大きな展望が広がった。まだ、5歳。1800mだってOKかもしれない。
制裁…「ロードカナロア号の岩田康誠騎手は、最後の直線コースで外側に斜行したことについて過怠金100,000円。(被害馬16番)」。もうすっかり競馬を愛するファンの願いや、心に残る白熱の攻防から遊離してしまい、あとで、木で鼻をくくったような文書を出すしか役目がなくなってしまった裁決の判断は別として、岩田騎手の騎乗にはさまざまな印象が残った。
たまたま並んで追走の形になったライバル=グランプリボスに外からずっとプレッシャーをかけるような併走になり、巧みに進路限定に追い込んだのは、これは岩田騎手の巧みな騎乗。いれ込んで自身から折り合いを欠いていたグランプリボスは、ひとたまりもなかった。
直線に向いて右手でムチを抜いた岩田騎手のロードカナロアは、競り合う馬群の外でムチを持ちかえ、左から軽くムチを入れると、外によれる仕草をみせた。しかし、外から勢い良くダノンシャーク(父ディープインパクト)が伸びてきていることを察知した岩田騎手は、馬体を合わせに行くというより、ここで激しくムチを左から入れるとロードカナロアが外に斜行するのを分かっていながら、ダノンシャークにぶつけるように外に大きく斜行させた。夢中の若い騎手ではないから、これはフェアではなかった。影響を受けたショウナンマイティも外に振られた。
目の肥えている熱心なファンはシビアである。岩田騎手のハデな勝利ポーズに、賞賛の拍手は切ないほど少なかった。決して岩田騎手が嫌われているわけではない。まして見事に勝ったのは1番人気のロードカナロアである。でも、多くのファンは醒めていた。これは、なにごともなかったかのようにレースを終了させたJRAへの無言の抗議のように思えた。
釈然としない沈黙を選んだファンは、怖い。参加をやめればいいからである。ダービーの日に叫んでいた若者は、これからファンになってくれる人たちであり、いきなりダービーの翌週に「最近は、なにをやったって勝てばいいらしい」。そんなことをささやかれているようではまずい。「日本のルールは厳しい」というのは、実は世界の競馬人の尊敬から出た言葉だったのである。世界の人びとが心から尊敬したいと願っている平和の憲法と同じである。
後方から、人気のロードカナロア、さらにはグランプリボスを見るように進出し、一瞬、あわやと思わせたダノンシャークは、凡走に終わったマイル路線の人気馬が多かった中で、今春からの充実をフルに示した。京都金杯は技ありのイン衝き作戦だったが、今回は外をまわり、さらには大きな不利があっての小差3着。C.デムーロ騎手の好騎乗も光った。
2着ショウナンマイティ(父マンハッタンカフェ)は、4コーナーの馬群で前が詰まる苦しい展開になり、さらには直線坂上で前の2頭の交錯の影響も少なからずあった。負けはしたが、いきなり1分31秒5のクビ差惜敗だから、素晴らしいスピード能力を秘めていた。このあと、強敵のそろう宝塚記念でも(反動なく)現在のデキが保たれるなら、昨年3着以上の内容が可能だろう。
人気のグランプリボス(父サクラバクシンオー)は、ギリギリのピークの仕上げに映ったが、なんとなく迫力不足を思わせる馬場入りだった。仕上がりすぎだったのか。レースでは1頭だけ最初から首を振り、口を割り、まったく折り合えなかった。
カレンブラックヒルは、ちょっときついペースを追いかけすぎた気もするが、毎日王冠を制した総合力を考えると今回はバテすぎ。立ち直りかけたようにみえたが、まだスランプから脱していないのだろう。ショウナンマイティと同じように初の1600mだったダークシャドウは1分31秒9の6着だから、いくらも負けているわけではないが、結果的にちょっと正攻法すぎたかもしれない。切れ味がなし崩しになってしまった。
香港勢は例年のパターン通り、シャテインのチャンピズマイルの時計を約1秒詰めたが、1分31秒台ではどうしようもない。また、ブリッシュラック、サイレントウイットネス時代のレベルでもなかった。