2004年3月25日にアメリカで生まれた1頭のサラブレッドが、日本にやって来た。父Rahy、母ローザロバータという血統のその馬には、フライングアップル〜空飛ぶリンゴ〜という、印象的で可愛らしい馬名がつけられ、美浦の藤沢和雄厩舎に入厩する。
2006年9月に競走馬としてデビューを果たし、2歳から3歳の前半にかけては常に堅実な成績を収め、2007年のスプリングS(GII)にも優勝した。その後、勝ち星は挙げられなかったが、時々馬券圏内に突っ込んできたり、人気薄で掲示板に載るなど、存在感を示してきた。
▲2007年のスプリングS優勝時(撮影:下野雄規)
2012年12月22日のラピスラズリS(OP・13着)後はレースから遠ざかり、その間に障害練習も行っていたが、結局、9歳になった2013年4月20日付で競走馬登録が抹消された。
現在、フライングアップルは、東京都八王子市の八王子乗馬倶楽部にいる。
同倶楽部にやって来た経緯を八王子乗馬倶楽部のディレクターで、総合馬術でオリンピックに出場経験もある細野茂之さんは「騎手の北村宏司さんから直接電話をもらって、こちらに来ることになりました。以前も北村さんからの紹介で、藤沢(和)厩舎から、ピサノパテックが来たんですよ。今は麻布大学の馬術部にいますけどね。北村ジョッキーとは、サンクスホースデイズでご一緒してからの知り合いなんです」と教えてくれた。
乗馬としての第二の馬生を歩み始めたフライングアップルは、当初はメジロファラオもいる高尾にある恩方ステイブル(八王子乗馬倶楽部の別施設)で乗用馬となるべく訓練を受けていた。調教が進んで落ち着きも出てきたために、つい最近、本場の八王子乗馬倶楽部に移動してきた。
▽21歳になったメジロファラオも乗馬で活躍中 競走馬時代に既に去勢されていた同馬だが「フレンドリーで大人しいですよ」とグルームの山川恵理香さんはアップルの性格を評した。穏やかな性格から、女性や初心者向けの乗馬になってくれるのではと嘱望されているという。
「まだ会員さんを乗せてはいませんが、乗るようになったら手入れもして頂きます。その時にうるさい面を見せてしまうと、お客様が怖いと感じてしまいますが、その点でも大人しいアップルは、大丈夫だと思います」(山川さん)
けれどもアップルは、ただ大人しい馬・・・というわけではないらしい。
「人懐っこいですけど、やることが子供っぽくて、時々鬱陶しいこともあります(笑)」と、同倶楽部本場マネージャーの壹岐守久さんは、笑いながら話す。
「サク癖があるので飼い葉桶を吊るさずに下に置いているのですが、餌がなくなると飼い葉桶を持ち上げて、もっと入れろ〜と催促していますよ(笑)」と山川さんからも、アップルのお茶目な一面が披露された。
明けて10歳となったアップルだが、乗馬としてはまだまだ若い。これからは会員の方々が騎乗できるよう、さらに調教が進められていくことになる。
「競馬で走った馬はチャカチャカしていることも多いですが、この馬は大人しいですから、将来はメジロファラオのように女性や初心者向けの乗馬になってほしいと思っています。目指せ第二のファラオですね」と、壹岐さんも期待を寄せる。アップルがファラオ先輩のように、会員の方々から愛される乗用馬となる日も、そう遠くはないはずだ。
八王子乗馬倶楽部には、元競走馬やポニーも含めて65頭の馬たちが暮らしている。アップルの取材を終えて厩舎探索をしているうちに、かつて重賞の常連だったファンドリリヴリア(セン)の名前を見つけた。「懐かしい!」と、思わず声を上げてしまった。
渋い逃げを打つ個性派だった同馬は、1992年にデビューして、引退したのが1998年。3歳〜9歳(いずれも旧馬齢表記)までの6年の間に89回も出走し、正に無事是名馬を体現したような馬だった。重賞勝ちこそないものの、記憶に残る一頭と言っても良いだろう。
その懐かしいファンドリリヴリアは、馬房からひょっこりと顔を出していた。栗毛の毛色と同様にその表情は明るく、ピンク地のチェック柄の馬服が良く似合っていた。歩様が良くて、倶楽部内の大会の馬場馬術競技に出場するたびに入賞するなど、乗馬としても長年活躍してきた。
「穏やかで乗りやすいですけど、パワーがありますので、この馬は上級者向けですね」(壹岐さん)
競走馬から見事に乗馬に転向を果たしたファンドリリヴリアも、今年で24歳になった。だが、リヴリアの表情は、まだまだ若い。これからも競走馬時代同様に、無事是名馬として、末永く元気に乗馬として過ごしてほしいものだ。
(取材・写真:佐々木祥恵)