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『競走馬の最大の敵!屈腱炎は予防できるのか』JRA競走馬研究所(4)

  • 2015年08月31日(月) 12時00分
おじゃ馬します!

▲今回のテーマは「ジョッキーの騎乗スタイル」と「屈腱炎の予防」の2つ


今週がJRA競走馬総合研究所の最終回です。今回もテーマは2つ。一つ目は「ジョッキーの騎乗スタイル」について。騎乗スタイルは騎手の個性でもありますが、競馬史の中での変遷と、それぞれの乗り方の理論を解析していきます。そして最後は、競走馬の最大の敵である「屈腱炎」について。高橋研究員の研究のメインテーマこそ「屈腱炎の予防」ということで、現段階で分かっている屈腱炎のメカニズムや、発症しやすい条件、考えられる対策を教えていただきます。(取材:赤見千尋)


(つづき)

アクションが合図になっている可能性が


赤見 今回はまず、ジョッキーの騎乗スタイルについてお聞きしたいと思います。乗り方は歴史の中でも変化してきていると思うのですが?

高橋 大きなところはやはり、天神乗りからモンキー乗りへの変化ですよね。有名雑誌の『サイエンス』にも、「Modern Riding Style Improved Hoses Racing Times」(注1)と、モンキー乗りに変わってタイムが短縮されたという記事が載っています。

 天神乗りのスタイルが1900年頃で、移行期の1913年頃から急速にタイムが速くなっているんです。馬の改良での速度の変化ですと、なだらかにしか変わらないので、タイムがこれだけ急激に変わるというのは乗り方の影響が出ていると言えます。

赤見 騎乗スタイルでやはりタイムは変わるんですね。

高橋 モンキー乗りの方が、馬のエネルギー消費が少なくてすむということが言えますよね。 “体重心”という全ての質量がそこの1点にあると仮定される部分の動きが、走っているときに上下に動くのですが、ジョッキーの体重心の上下の動きが少なくなっているというのがモンキー乗りの特徴です。

 それに対して天神乗りは、馬の体重心の移動と同じようにジョッキーの体重心も動いて、馬と人の重さを一緒にしたような重心点ができて、それが馬の上下動に併せて動きます。でもモンキー乗りの場合は、馬の体重心だけが動いていてジョッキー体重心は理想的にはいつも同じ位置にあるので、ジョッキーの体重の上下動のために馬がエネルギーを使わなくていいということが言えますね。

 なので理屈の上から言うと、モンキー乗りで自分の体重心をいつも地面から同じ高さに保つのが、馬には一番楽だというふうには考えられています。

赤見 理論上、ジョッキーは自分で反動を抜いて馬の動きを邪魔しないのがいいということですね。究極で言うと、武豊騎手みたいな感じでしょうか。

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▲「馬の動きを邪魔しない」と言われる武豊騎手の騎乗(写真はベルカントで制した北九州記念)


 あと、岩田騎手をはじめ何人ものジョッキーたちが実践している、馬の背中にお尻をついて追い込むアクションの大きい乗り方ですけれども、馬が地面に着地する直前に背中をお尻でドンッとつくことで、歩幅がバッと伸びるという理論なのかなと思うのですが?

高橋 そのメカニズムはなかなか分からないところですね。理論的には、ドンッと落とされると伸びるというより落下しちゃう気がします。よく「馬を動かすんだ」と言われますが、ジョッキーが押したり引いたりすることによって馬を速く進ませるということは、物理的にはできないはずなんです。外力がないので。

 例えば、宇宙空間に浮いている人が何かやっても、止まっている人はずっと止まっています。同じようにエネルギーが外から供給されないと、馬も速く走らせることはできないはずでね。ひとつ考えられるのは、そのアクションが合図になっているという可能性はあるんです。走れという命令が強調されているのかなと。

赤見 確かに。気を抜きそうな馬や、走るのをやめようとしている馬に有効そうですね。

高橋 ただ、乗っている人が馬の上で動くとエネルギーの節約がなくなるので、そういう条件でより速く走らせるというのは、非常に難しいテクニックだと思うんです。実際に結果を出しているので、すごく高度な動きになっているんじゃないかと思いますね。

赤見 誰もが真似できることではないということですよね。理論的にはジョッキーは馬の動きを邪魔しないことが一番という?

高橋 そうですね。追うにしても、最小限のアクションはいいんですが、自分の重心が変わらないというのが大原則で。それを保ちながら強い合図が送れると、なおいいのかなとは思いますね。ただ、こういうアスリートの動きって、理論は後から付いてくることが多いんですよ。

 例えばスキーのジャンプ、以前はスキー板をそろえて飛んでいたんですけど、最近はV字に足を広げて飛びますよね。あれも選手が考え出してやるようになって、後から検証をして、今はそちらが主流になっているというのがあるんですよね。

 やはり結果が出ていますからね。説明はなかなかできないですけど、正しい面もあると思いますので、良い成績に結び付いているんだと思います。

屈腱炎発症の可能性を少しでも下げるために


赤見 最後にお聞きしたいのが、高橋さんがメインで研究されている「屈腱炎の予防」について。長い時間をかけて研究されているテーマなんですよね。

高橋 ええ。まだまだ分からないことも多いんですが、屈腱炎の原因についてひとつ言われているのが、大きい力が一度加わっただけで切れてしまうわけではないということなんです。

 人間のアキレス腱も同じように言われていて、例えば転んだ時に手をついて、急に大きな力が掛かったことで切れるとか、そういうことではないと。

赤見 ということは、継続的に負荷が掛かっているのが良くない?

高橋 そうだと考えられます。ある程度大きな力が掛かって、それを繰り返すことによって発症するんだろうと。腱を構成しているのがコラーゲンなんですけど、その繊維が徐々に細くなって力に耐えられなくなって、最終的に屈腱炎になるんじゃないかというふうには言われていますね。

 なので、その対策をするのが予防になるとは思うんですけど。繰り返しの負荷となると、毎日の調教で掛かる力をできるだけ減らしてあげれば少しは減るのではないかと、考えられるには考えられるのですが…。

赤見 なかなか難しそうですよね。調教をやらないわけにはいかないですし。やり方の面が重要になってくるんでしょうか?

高橋 そうだと思います。屈腱に掛かる力を測る実験がありまして。馬の腱にセンサーをつけて走らせるんですけど、センサーの線の部分が弱いので、残念ながらそんなには速く走れないんですが、常歩だと360キロくらい、ハロン24くらいだと720〜770キロくらいの引っ張る力が掛かっているのがわかりました。

 そこから推察すると、全力疾走なら1〜1.2トンくらいの力が掛かっていると考えられます。解剖した馬の腱を機械で引っ張ると、大体1トン〜1.2トンくらいで切れてしまうんですよね。そう考えると、いつも切れそうなくらいの力が掛かっていることになり、1回では切れなくてもちょっとずつ中の繊維が切れていって、最終的に発症するんじゃないかと考えられます。

赤見 少しでもその負荷を下げることができれば…

高橋 ええ。トレセンで考えると、坂路は前脚に掛かる負担が減る可能性が高いと言われています。また、坂路の場合は着地状態が斜めになるのでつま先が上がった状態で着地します。そうすると、深指屈腱と繋靱帯と浅指屈腱の力の関係から、深指屈腱に力が掛かって、繋靱帯と浅指屈腱に掛かる力は少し減るというのが測定されているんです。

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▲「トレセンで考えると、坂路は前脚に掛かる負担が減る可能性が高い」


 これは推測の上に推測を重ねるんですけど、トレセンの坂路のように3%の傾斜だと、全力疾走で走って良くて50キロくらいは掛かる力が減るだろうと。1トンに対して50キロなので、微妙なところではあるんですけど、傾斜を8%くらいまで上げると100キロくらいは減るかなと。全力で走っているときは、いつも腱が切れるのに近い力が掛かっているので、少しでも減らせれば、少しは予防できるかなと思っています。

 さらに調教で、坂路や、ダートやウッドチップ、または、いろいろな馬場を併用したときにどの馬場を主に使っていると屈腱炎を起こしにくいのかを見ますと、ウッドチップや坂路を使うと、発症のオッズ比が0.7くらいになり、発症の危険性が3割くらいは減るように見えるのですが、残念ながら統計的に判断すると危険は減らないという結果になりました。

赤見 ほかに発症しやすい条件みたいなものはあるんですか?

高橋 使い詰めだとなると言われていますが、むしろたくさん走っている馬ほど発症率が低いというふうには出ているんです。年間1〜4走の馬は、10走以上の馬に比べて、発症する確率が高くなりますね。あと目立つのは、短距離を主に使っている馬は発症する確率が低くて、長距離を使っている馬は高いということですね。

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赤見 そう考えると、やっぱり消耗でなりやすくなるんですかね?

高橋 そこがちょっと、はっきりは分からないところではあるんですけど。ほかには、障害競走も発症しやすいですね。平地競走の馬に比べたら、平均すると5、6倍は発症しやすいというのが分かったんです。ただ、屈腱炎から復帰した馬が障害に出るということも多々ありますので、そこは考慮して調べないといけないところなんですけどね。

 あとは体重が軽い馬よりも重い馬のほうがなりやすい。これは骨折も同じですね。逆に年齢は骨折とは逆で、2、3、4、5歳というふうにリスクが上がっていきます。性差も関係があるようで、屈腱炎は牡馬の方がなりやすいというのも分かっていますね。

赤見 確かに、牝馬ではあまり聞かないですね。

高橋 牝馬は体重が軽いのもあるんですけど、そこの影響を取り除いても牡馬の方が1.5倍くらい多いですね。それはホルモンの影響というのがあると思うんですよね。腱とか靱帯は、特に女性ホルモン系の支配が多い所ですので。

 女性は出産のときに骨盤を開かないといけないので、あの時にリラキシンという靱帯を緩めるホルモンが出るんです。それを考えると、周期的に腱とか靱帯の強さや伸び方が変わるんじゃないのかなという考えもありますね。

赤見 その仮説は、「夏は牝馬が強い」とつながってきますね。

高橋 まあ、本当は緩むと良くない気もするんですけどね。特に浅指屈腱はバネの力でエネルギーをためて、それを再利用して効率よく走るようになっているので、あまり緩んじゃうと良くないはずなんですけど…。そこは研究しないといけないところですね。

赤見 今はどういう方向で研究されているんですか?

高橋 先ほども申しましたように、長距離を走る馬に発症が多いということで、それは疲れるからなるんじゃないかと思えるんですね。腱を支える浅指屈腱や深指屈腱につながる筋肉が、全力で走って疲れると深指屈腱が先に疲れてしまって、そうすると支える力がなくなって、浅指屈腱に掛かる力が増えて、発症するんじゃないかという仮説を立てて、それを証明しようとしています。

赤見 仮説から粘り強く研究していくということですね。

高橋 とは言っても、なかなか当たりにはならないんですけどね。10年かけて実を結べばいい方かなという研究なんだと思っています。分かってきたこともありますが、まだまだ分からない部分もありますので、根気よく突き詰めていきたいと思います。(了)

注1; Pfau, T., et al., Science, 2009. 325(5938): p. 289.

東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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