2002年3月12日、英国競馬界における現代の伝説に、終止符が打たれた。
史上初のチェルトナム・チャンピオンハードル4連覇に挑んだイズタブラクが、第2障害を飛越した直後に故障を発生して競走を中止。現役を退くことが濃厚となったのである。
ここ数年、競馬発祥の地・英国において、競馬ファンだけでなく広く一般大衆の間で、最も知名度が高かった馬と言えば、断トツでイズタブラクであった。平地で目が出なかったこの馬に飛越のセンスを見いだし、障害馬として生きる道を開いたジョン・ダーカン師が、白血病を発症。「この馬は必ず、チャンピオンハードルをとるような馬になる」との遺言を残して急死し、あとを託されたエイダン・オブラエン師が、亡き親友の夢を果たした物語は、英国の競馬ファンなら誰でも知っている逸話である。
それどころかイズタブラクは、ハードル界の最高峰チャンピオン・ハードルを98年から2000年まで3連覇。史上初の4連覇は確実と言われた昨年、口蹄疫の影響でチェルトナム開催が中止となり、大記録が幻に終わったときには、全英中の競馬ファンが悔し涙にくれたものだ。
あれから1年待ち、2年振りにようやく巡ってきた『4連覇』のチャンスが、今年のチャンピオン・ハードルだったのである。
しかし、イズタブラクは今年10歳。10歳を越えた馬のチャンピオンハードル優勝は、1981年のシーピジョン以来20年間絶えてなく、実際に今年の出走メンバー15頭中、イズタブタクは上から2番目の老齢馬であった。若い頃は頑丈でタフだった彼も、年を経るとともにあちこち傷みだし、実は数多くの小さな故障を治療しながらの出走であった。
第1障害を越えたところで、鞍上のチャーリー・スワンが歩様に異常を発見。第2障害を越えたところで馬を止めたが、スタンド前を歩いて帰ってきたイズタブラクは、トモを引きずっていたという。レース後の詳しい検査の結果、飛節の腱を損傷していることが判明。正式な発表はまだないものの、引退が濃厚となったものだ。
イズタブラクがただ1頭で引き上げてきた時、チャンピオンハードルはまだレースの真っ最中だった。それにも関わらず、スタンドからはまるでレースのゴール前のような大きな拍手が起こり、傷つき戻ってきた英雄をファンが総立ちで出迎えたという、その一事をもってして、彼が英国の競馬界においてどんな存在だったかが窺い知れよう。
まさに、現代の神話が幕を閉じた瞬間だった。