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ニューマーケットでのステロイド・スキャンダルについて

  • 2013年05月22日(水) 12時00分
英国のニューマーケットで発生した「ステロイド・スキャンダル」が、更なる広がりを見せている。

 話を改めて整理すると、今季の平地シーズンが開幕した直後の4月9日に、ゴドルフィンのお抱え調教師の一人であるマームード・アル・ザルーニ調教師が指揮をとる厩舎で行われた、抜き打ちの薬物検査が事の発端だった。レース後の薬物検査で禁止薬物が検出される事例が、遡ること12カ月の間に2度あったことが、ザルーニ厩舎に抜き打ちの検査が入った理由で、この日はランダムに選ばれた45頭から血液サンプルを採取。その結果、11頭から筋肉増強剤として知られるアナボリック・ステロイドが検出されたことが明らかになったのである。11頭のうちの1頭は、2歳時G1フィリーズマイル(芝8F)を含めて4戦4勝の成績を残し、開催が間近に迫っていたG1千ギニー(芝8F)の有力候補と目されていたサーティファイ(牝3、父イルーシヴクオリティ)で、同馬は千ギニーへの出走を差し止められることになった。

 アル・ザルーニ師は、レース当日のステロイド使用が禁じられていることは承知していたが、レース出走まで一定以上の日数がある馬については、使用しても良いものと思っていたと釈明。レース当日には体内に残留しないよう、レースが近づいたら投与をストップする形で使用していたことを認め、検査で陽性反応が出た11頭以外にも、4頭の管理馬に投与をしていたことを自己申告。その上で、ルールを誤って認識し、結果として競馬のイメージを損ねてしまったことに対し、謝罪を行っている。

 更にその後の事情聴取で、ステロイドはサルーニ師自身がドバイから持ち込んだもので、これを獣医資格のないスタッフに手渡し、投与していたことが判明している。

 4月25日、統括団体のBHAからザルーニ師に対し、向こう8年間の資格停止処分が通達され、サルーニ師の管理馬は、ニューマーケットにおけるゴドルフィンのもう一人のお抱え調教師サイード・ビン・スルール師が管理することになった。

 こうした事態に、最も心を痛めたのは、ゴドルフィンの総帥シェイク・モハメドだった。全世界のあらゆる種類のスポーツで、薬物排除の動きが加速化している中、北米の競馬が依然として薬物使用に寛容なことに批判的な立場をとってきたのがモハメド殿下である。殿下が、「ゴドルフィンの厩舎の1つが英国競馬のルールを犯し、ゴドルフィンの倫理水準をおとしめたことに、大きな衝撃を受け、そして怒りを感じる」との声明を発表したのは、4月25日のことだった。

 事態はこれで収拾するかと思いきや、騒ぎが更に広がったのが、4月29日のことだった。自分もステロイドを使用している、と証言する調教師が現れたのだ。

 治療目的でステロイドを使っていると告白したのは、同じニューマーケットに厩舎を構えるジェラルド・バトラー師だ。ステロイドには消炎効果もあるため、関節部位に炎症を持った馬の治療として、患部に直接ステロイドを注入する治療を日常的に行っていると語ったのだ。

 バトラー師によると、この治療を行っている獣医師は、ニューマーケットの他の厩舎でも治療を行っており、ざっと見積もって100頭以上の現役馬がステロイドを使った治療を受けているはずと言明。バトラー師は更に、出走馬の治療歴をBHAに対し提出した際、この件も包み隠さず申告しており、これに対しBHAからは指導も警告も無かったことを明らかにしている。

 この告白を受けて、というわけでもなかろうが、ザルーニ師がBHAに対し、資格停止処分の短縮を求めて提訴を行ったのが、5月6日のことだった。

 その一方で、BHAは4月29日から5月2日にかけて、ゴドルフィンがニューマーケットにおいている現役馬391頭全ての血液検査を実施。その結果が5月20日に公表され、昨年のG1セントレジャー(芝14F132y)勝ち馬エンケ(牡4、父キングマンボ)を含め、新たに7頭から禁止薬物のアナボリック・ステロイドが検出されたことが明らかになった。

 陽性反応が出た馬については、サンプル採取日から起算して6か月の出走停止処分を科せられるから、今季の欧州芝12F路線の中心勢力の1頭と見られていたエンケは、今シーズンをほぼ丸ごと棒に振ることになった。関係者のみならず、ファンにとっても残念至極な事態である。 

 さて、検査によって禁止薬物が発覚した馬は、前回の検査を合わせて18頭。これに自己申告の4頭を加え、ステロイド投与が確認された馬は22頭となったわけだ。

 この数を、どう見るか。

 サイード・ビン・スルールの管理馬は全て陰性との結果が出ており、ゴドルフィンが組織ぐるみでステロイドを用いていたわけではないことが判ったのは幸いだ。良血の期待馬が多い陣営だけに、全391頭のうち369頭は支障なく現役生活を続けられることは、ファンにとって喜ばしいニュースである。

 気懸りなのは、他の厩舎への広がりだ。バドラー師の告発を受け、BHAは複数の厩舎の調査に乗り出しており、推移によっては更に処分を受ける調教師が出て来る可能性も否定出来ない。

 事件がこれ以上拡散しないことを祈りつつ、状況を見守りたいと思う。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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