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嬉しいよりも残念に思う気持ちの方が遥かに強い凱旋門賞回顧

  • 2013年10月09日(水) 12時00分
 G1凱旋門賞の2着と4着である。ニュートラルな物の見方をすれば立派な成績で、讃えられてしかるべき結果であった。だが、目指していたのは天辺だっただけに、関係者の皆様には申し訳ないのだが、嬉しいよりも残念に思う気持ちの方が遥かに強い。

 そんな中、正直に言って昨年ほどの虚脱感や喪失感がないのは、勝ち馬に5馬身差という決定的差を付けられた完敗であったからだろうか。

 レース当該週に入り、流れは完全に「日本馬初優勝」に傾いていた。

 まず2日(水曜日)、有力馬の1頭であるトレヴ(牝3、父モティヴェイター)に騎乗予定だった名手フランキー・デトーリが、ノッティンガム競馬場で落馬し右足首を骨折。しばらく戦線を離れることになり、凱旋門賞における騎乗が不可能になった。仏オークスまで同馬の手綱を握っていたティエリー・ジャルネへの乗り替わりとなるため、それほどの戦力ダウンにはならないが、少なくとも天才が神がかりの騎乗でトレヴに120%の能力を発揮させる脅威は、この段階で消滅した。

 続いて4日(金曜日)、凱旋門賞への最終登録が行われた段階で、良馬場が出走の条件だったザフーガ(牝4)の陣営が出走回避を決断。直前G1連勝中で、ことにアルカジーム(牡5、父ドゥバウィー)をはじめとした牡馬の一線級を一刀両断にしたG1愛チャンピオンS(芝10F)における競馬っぷりは鮮やかの一語に尽きるものだっただけに、切れ味という飛び道具を持つこの馬の回避によって、日本馬にとっての脅威がまた1つ消え去ることになった。

 同じ4日(金曜日)に行われた枠順抽選で、オルフェーヴルが8番、キズナが11番と、いずれも「真ん中辺り」という希望にかなう枠番をゲット。勝負を決める上で極めて重要である一方、人間の力ではどうにもならないファクターが「枠順」だが、これを無事にクリアした意味は極めて大きいと思われた。

 ここで再び運に見放された形となったのが、15番という外枠からの発走となったトレヴだ。春のG1仏オークス、前走G1ヴェルメイユ賞が、いずれも内埒沿いの経済コースを走っての勝利だったが、15番枠からの発馬では同様の競馬をするのは難しく、トレヴのチャンスはまた遠のいたとするのが一般的な見方だった。

 そして、仰天のニュースが飛びこんできたのが、レース前日(5日・土曜日)の午前10時頃だった。従来の記録を2秒以上縮めるトラックレコードで圧勝したG1キングジョージを含め、今季ここまで4戦4勝の成績を残し、日本馬にとって最大の敵と見られていたドイツ調教馬ノヴェリスト(牡4、父モンスン)が熱発を発症。出走を取り消すことになったのだ。

 ノヴェリスト陣営と、ドイツにおける競馬ファンの心中は察するに余りあるし、他馬を襲った不運を喜ぶ愚を犯すつもりも毛頭ないが、事態は間違いなく「日本馬の悲願達成」に向けて推移していた。

 残された、人智の及ばぬ最後の関門が馬場状態で、出来れば乾いた状態でやりたい日本陣営にとって、天気予報がコロコロ変わり、なおかつ当たらないという、やきもきするような1週間となった。

 木曜日夜に相当量の雨があった後は、空模様が大きく愚図つくこともなく迎えた週末。前日の馬場発表はSouple(=重)で、この日騎乗した騎手に聞くと「かなり渋った状態」で競馬が行われた後、雨が降らずに迎えたのが本番当日だった。Bon Souple(=稍重)に回復してくれていたら良いなという願いはかなえられず、前日同様のSoupleだったのはいささか想定外だったが、前哨戦の時と差のない状態であるならば、馬場が日本馬2頭の能力を大きく削ぐファクターになるとも思えず、いよいよ日本馬初制覇の瞬間が近づいたかに思えた。

 だが、残念ながら今年も、勝利の女神は日本馬に微笑んでくれなかった。

 中団やや後ろ目で競馬をしたオルフェーヴル、後方待機策をとったキズナとも、鞍上の手綱さばきはほぼ完璧だったと思う。

 序盤で緩い地盤に脚をとられてバランスを崩す場面があったのがキズナだが、凱旋門賞を戦う以上は織り込み済みのファクターで、これを敗因と言ってしまっては、日本馬は永久に凱旋門賞を勝てないことになる。

 フォルスストレートで窮屈な場所に入ってしまったのがオルフェーヴルだったが、折り合いに心配のある馬で、前や外に壁を作ることがレース前半をスムーズに乗り切る最善策であった以上、馬群に包まれるリスクを排除した戦略は、当初から組み立てようがなかった。

 15番枠からの発走であったゆえ、馬群の外目を進まざるを得なくなったトレヴの、前半の位置取りは、オルフェーヴルの後ろでキズナの前だった。

 フォルスストレートに入って早くも動きだしたトレヴを見て、その脚色から「敵はこの馬」と判断し、瞬時に付いて行った武豊騎手の手綱さばきは「さすが」と思わせるものだった。この動きは、キズナにとっては最大のライバルであるオルフェーヴルを馬群に閉じ込める効果もあっただけに、この段階ではキズナに勝機到来と思わせた。

 そして直線に向くと、オルフェーヴルにも進路が出来て馬場中央を伸びてきた時には、オルフェーヴルにもチャンスありと見えた。

 だが、1頭だけ脚色が違ったのがトレヴで、ほとんど馬なりのまま先頭に立った同馬に、残り400mを切って鞍上のゴーサインが出ると、一気に後続を突き離して5馬身差の圧勝劇を演じることになった。

 その強さは驚嘆もので、フレンチデイリーニュースは翌朝の紙面で、1974年の凱旋門賞を制した際のアレフランス、2008年のヴェルメイユ賞を制した際のザルカヴァに匹敵する、牝馬としては歴代最高クラスのパフォーマンスと絶賛。大手ブックメーカー各社は早くも、来年の凱旋門賞へ向けた前売りで、トレヴを圧倒的1番人気に支持することになった。

 つまりは、歴史的名牝に超絶のレースをされてしまったわけで、日本勢としては勝者を讃える以外に言葉の見つからない敗戦であったと言えよう。

 かくして、凱旋門賞制覇を目指す日本人ホースマンの闘いは、少なくともあと1年は続くことになった。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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