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乗馬倶楽部で余生を過ごすメジロファラオ

  • 2014年02月11日(火) 18時00分


◆中山グランドジャンプを制した名ジャンパー

第二のストーリー


 2月1日、土曜日。朝は冷え込んでいたが、八王子乗馬倶楽部に到着したお昼頃には、ポカポカ陽気になっていた。

 一歩倶楽部内に足を踏み入れると、たくさんの人で賑わっている。この日、八王子乗馬倶楽部では「新春ホースショー」が開催されていて、ふと馬場に目を転じると、馬場馬術の演技が行われている。

 正装した女性を乗せた鼻先の白い馬が、軽やかな足取りで馬場を斜めに速歩で進んだり、駈歩をしたり、円を描いたりしている。その馬の名はメジロファラオ。場内にアナウンスされた同馬の名前を耳にした時、その懐かしい響きに、競走馬時代の彼の姿が鮮やかに甦ってきた。

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メジロファラオ


 初勝利を挙げるまでに8戦、500万条件を勝ち上がるまでに11戦を要した。しかし、900万条件(当時)を脱出した後に、函館記念や京都大賞典に格上挑戦もしている。障害転向後は、現・調教助手の大江原隆さんを背に、障害レースを11戦、戦った。その中には、1999年の中山グランドジャンプ(J・GI)の勝利や、1998年の中山大障害(J・GI)2着も含まれているように、ビクトリーアップやゴッドスピードとともに、その世代の名ジャンパーとして名を馳せた。

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 障害馬としては決して大きくない体(障害馬時代の馬体重は450キロ〜478キロ)で大竹柵や大生垣を飛び越えていたファラオが、今は馬場内で美しいステップを踏んでいる。その手綱を取るのは乗馬倶楽部会員の田中美子さん。馬と田中さんの呼吸は、ピタリと合っている。

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長年コンビを組む田中美子さんと


演技を終えたファラオは、舌をペロッと出した愛嬌たっぷりの表情で繋がれていた。少し右側に舌を出すのは、ファラオのお得意のポーズ。今年で21歳になったとは思えないほど、その顔はあどけない。

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舌を出すお得意のポーズ


「頑固なところはありますけれど、カッカしないですし冷静ですね。穏やかで優しい性格です」と、長年ファラオとコンビを組む田中美子さんは可愛くて仕方ないといった様子だ。呼び名は「ファラオっち」か「ファラオさん」。ちなみに「ファラオっち」は、日大馬術部時代から受け継がれてきたものだ。

「この子に乗ってもう7、8年になりますかね。この子のおかげで、小淵沢で行われたクロスカントリー競技にも出場したこともあるんですよ」と、田中さんは愛おしそうにファラオっちの方を見た。

 2000年2月の春麗ジャンプSの8着を最後に競走馬を引退した同馬は、前述した通り、当初は日本大学の馬術部で乗馬となった。だが「性格が温厚で小柄なこともあって、バリバリの学生馬術よりは乗馬クラブの乗馬の方が良いということになり、ウチに来ました」と、同倶楽部のディレクターで日大馬術部出身の細野茂之さんは、ファラオがやって来た経緯を教えてくれた。

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 八王子乗馬倶楽部には、自然豊かな高尾にある「恩方ステイブル」という、マンツーマンレッスンを受けられる別の施設がある。普段のファラオは、その施設の森に囲まれた厩舎でゆったりと過ごし、舌をペロッと出したお得意のポーズを取りつつ、レッスンに訪れる田中さんを待っている。

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 馬にとって何が一番幸せなのか…。はっきりした答えは出せないでいるが、ファラオのように人に愛され、必要とされて生きる馬生というのも、馬にとって幸せな形の1つなのかもしれないと思ったし、ファラオの穏やかな物腰や愛嬌たっぷりの表情からも、そう感じるのであった。

 ファラオのように恩方から八王子に来ていた馬もいる一方で、いつもは八王子にいるのだが、この日だけ恩方に移動していて、残念ながら会えなかった馬もいた。2005年の東京ダービーなど南関東で6勝を挙げたシーチャリオットだ。

「競走馬時代も気が強かったと聞いていますし、来たばかりの頃は気性が荒かったですが、今は穏やかで大人しくなりましたよ。競走馬時代の面影は全くないと思いますね」と、チャリオットに騎乗することが多いマネージャーの壹岐守久さん。

 一方「食い意地が張っていますよ」と証言するのは、グルームの山川恵理香さんだ。それを壹岐さんに確認すると「食事が近づいた時の、前がきが激しいです(笑)」と、それを裏付ける答えが返ってきた。そんなチャリオットも今年で12歳となり、今では上級者向けの乗馬として活躍をしている。

 速く走るために調教を積んできた競走馬が乗馬に転向するのは難しいと聞いたことがあるが、チャリオットのように激しい気性の持ち主でも、今ではすっかり穏やかになり、乗馬としての第二の馬生をしっかり歩んでいる馬もいるのだ。可能性はどの馬にもある…そう思いたい。

 21歳ながら、動きも表情も若々しいメジロファラオ。これからも彼らしく、田中さんに甘えながら、元気に穏やかに過ごしてほしい。

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 食欲旺盛のシーチャリオットは、これからもモリモリ食べて、上級者向けの乗馬として活躍を続けてくれることだろう。(取材・文・写真:佐々木祥恵)

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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