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馬たちが経験した東日本大震災(1) ―環境の良い場所が地獄絵図のように

  • 2015年03月03日(火) 18時01分
第二のストーリー

▲津波にのまれながら九死に一生を得たアドマイヤチャンプ(右)


地震特有の音に、馬は耳を立て動かなかった


 アドマイヤチャンプ(セン18)が、ホーストラスト北海道にやって来たのは、2013年6月4日。

「(タイキ)マーシャルがまだ生きている時にチャンプがウチに来ると決まって、兄弟が揃うねとスタッフと話をしていたのですけどね」(ホーストラスト北海道・酒井政明さん)

 しかしタイキマーシャルは弟の到着を待たずに、21歳で天国へと旅立ち、その1か月半後に、チャンプはホーストラストの一員になった。

「目がクリクリしたところがマーシャルに似ていますね」(酒井さん)

第二のストーリー

▲スポンサーさんからのプレゼントの無口をつけて


 年齢の割には愛くるしいチャンプは、北海道に来るおよそ2年前、東日本大震災で津波にのまれながら、九死に一生を得ていた。

 アドマイヤチャンプは、1997年3月22日に北海道のノーザンファームで誕生した。姉にシンコウラブリイ、兄は前述したタイキマーシャル、妹にハッピーパスと重賞勝ち馬が名を連ねている名門出身。チャンプもまた大きな期待のもと、競走馬としてデビューしたものと思われる。現役時代は中央(23戦)、地方(岩手・1戦)合計24戦4勝の成績を残して競走登録を抹消されている。

 引退後は福島県で乗馬となり、相馬野馬追で活躍したのちに、仙台空港からすぐそばの宮城県名取市の乗馬クラブ、ベルシーサイドファームへと移動した。シーサイドファームは、打ち返す波の音が聞こえるほどに、海にも近かった。環境の良いその場所が、地獄絵図のようになるとは誰が想像したであろうか。

 2011年3月11日、午後2時46分。大地が大きく揺れた。ベルシーサイドファーム(現在はベルステーブル)代表の鈴木嘉憲さんは、その時、セラードチャンプ(競走馬名不明)に跨っていた。

「自分がおかしくなったのか、地面が動いているのか、馬も多分わかってなかったと思います。地震の時って耳鳴りというのか、ウォンウォンウォンという聞いたことのない音がするんですよ。それは他の人も、言っていました。馬もピーンと耳を立てて、膠着して全然動きませんでした」(鈴木さん)

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▲ベルシーサイドファーム(現ベルステーブル)代表の鈴木嘉憲さん、辛い経験を語ってくれた


 馬を何とか動かして厩舎に戻すと、鈴木さん、3人いた研修生、厩舎長の5人で、すぐさまライフラインや建物の状態確認に走った。

「水や電気は止まっていましたし、物もたくさん散乱していましたが、厩舎など建物はつぶれていなくて意外と大丈夫でした」(鈴木さん)

 クラブの無事を確かめると、妊娠していた弟・智明さんの妻が心配になった。「弟の家も自分の家もクラブから車で5分くらいのところにあるんですよ。その時はまだ津波警報は発令されていなかったので、研修生と厩舎長に一旦クラブを任せて様子を見に行きました」(鈴木さん)

 家族の無事を確認し、鈴木さんはもう1度クラブに戻って、厩舎を再度見回った。「そのあたりで津波が来るということがわかりました」(鈴木さん)

 津波警報発令の情報は、車の中のテレビで知った。

「何時頃に到達して、何メートルって、これちょっと半端じゃない津波だということで、皆ひとまとまりになって動かなきゃまずいのではないかと考えて、家族を迎えに行きました」(鈴木さん)

 鈴木さんは弟の家族と自分の家族を車に乗せ、クラブに戻るつもりでいた。だがその時、テレビの画面に信じられない光景が映し出された。

「仙台空港にバーッと津波が入ってきている映像でした。パッと車の前方を見たら、松林が見たこともない勢いで揺れていたんです。発表されていた津波の到達時間よりも、早くに津波が来たと記憶しています。仙台空港の映像には蒼白になりましたけど、クラブの様子が気になって、家族が持っている携帯電話で、それぞれ手分けをして研修生たちに電話をかけてみました。しつこくかけ続けると繋がる瞬間があるんですけど、その時も何とか1人の研修生の電話に繋がりました」(鈴木さん)

 研修生たちは空港の建物内に避難していて無事だったが、60代の厩舎長が行方不明になっていた。「馬は? と聞くと、ダメかもしれません。厩舎の扉は開けられるだけ開けてきましたという答えが返ってきました」(鈴木さん)

 研修生3人には空港で一緒にいるように指示をしたものの、水が引くまでは移動もできず、避難所も既に一杯だったために、鈴木さん家族は車中で過ごすこととなった。こうして、悪夢のような1日が終わった。

自衛隊、近隣の乗馬クラブ、餌屋、獣医…皆の助けで


 震災から2日後に水が引いたという情報が入り、仙台空港へと向かった。瓦礫だらけで途中から車が通れなくなった。空いていたスペースに車を置いて、歩き始めた。

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▲瓦礫だらけになった仙台空港付近


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「まだ自衛隊も警察も手をつけていない状態でしたし、普通なら徒歩で10分か15分ほどで空港に行けるのですが、瓦礫の上を歩いていって40分くらいかかりました。自衛隊員がいて、どこにどの道路があったのかを、地図を見ながら確認をしていました。当然、至るところで遺体も見ました。初めはショックでしたが、段々感覚が麻痺していきました」(鈴木さん)

 仙台空港に立ち寄り、研修生たちと合流して、今度はクラブへと向かった。「伊達政宗の命で作られた貞山堀(貞山運河とも呼ばれる)があって、その堀を渡らないとクラブのあった地区には行けないんです。3つあるうちに2つの橋が使えなくて、渡れそうな1つには、どなたかの家の2階が橋にバーンと挟まっていました」(鈴木さん)

 鈴木さん含め4人は、民家が挟まった橋を渡り、クラブがあった地域へと入って行った。

「馬たちは、全頭亡くなっていると思っていましたので、自衛隊の方に馬が死んでいませんでしたか? と聞いたら、あちらの方に何頭か死んでいましたと。やっぱりダメかなと思いながら歩いていきました」(鈴木さん)

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▲ベルシーサイドファーム付近、牧場の馬運車も流された(写真下)


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 鈴木さんが最初に見つけたのは、芦毛の馬だった。

「オグリキャップの子で、オグリ(競走馬名不明)と呼んでいた馬でした。ウワーッと思って進んで行くと、もう1人自衛隊の方に出会って、生きている馬がいましたよと言われて、どの馬だろうと夢中で走っていったら、そこにいたのがアドマイヤチャンプだったんです」(鈴木さん)

 姿を目にした瞬間、涙が溢れ、思わず「ごめんね」と謝っていた。チャンプの背中には傷があった。

「チャンプが立っていた場所に、盛り上がるように砂があって、ここだけ波が来てないんじゃないかという感じになっていました。そばには笹もありました。笹は強いんですよね。水を被っても枯れずに青々していて、チャンプはそれを食べていました。でも喉が渇いているはずなんです。本当に偶然なんですけど、ウォーターサーバーで使う水の入った大きめのボトルが砂の中に埋まっていたんですよ。その辺に転がっていたキッチンによくあるボールを拾ってきて、そこに水を入れて飲ませました。ただ塩水を飲んでいるので、蓄膿みたいな感じになっているんですよ。これはもう厳しいのかなと思いました」(鈴木さん)

 馬がそのような状態でも、この段階ではまだその地域からは移動させられる状況ではなかった。「水をボールに入れて、とりあえず生きていてくれとチャンプに声をかけるしかできませんでした」(鈴木さん)

 チャンプを発見した日から2日後、瓦礫が片づけられ、1つだけ橋が開通した。今度は弟の智明さんとともに、堀を渡って再びクラブのあった地域へと入る。ところがチャンプは、最初に発見した場所にはいなかった。

「どこに行ったのかなと人の捜索をしている自衛隊員に聞いたら、2頭いましたよと言われ、更に進むと別の自衛隊員が3頭いましたよって言うんですよね」(鈴木さん)

 希望を胸に2人が自衛隊員に教えてもらった方向に行くと、まず1頭の馬が目に入った。

「ユニオンデールという馬だったのですが、一目見て長くは持たないだろうとわかりました。獣医も当然来られない状態ですし、何もしてあげられないですからね」(鈴木さん)

 後ろ髪を引かれる思いでその馬から離れると、2人に付いてくれていた自衛隊員が他の2頭のいる場所へと導いてくれた。そこにはアドマイヤチャンプと、もう1頭、トニーザプリンスがいた。

「そのあたりにあるロープを自衛隊員にもらって、それを2頭の首に回して弟の2人で引いて…。トニーは、左前脚の骨が見えるくらいえぐれていましたし、歩くのも遅いんですよね。至るところに水溜りがあって、まあ当然喉も乾いていますから、その水を飲もうとするんですよ。汚い水ですから、それを飲ませないように注意していたら、馬を触ったこともない自衛隊の方が、すごく喉が渇いているんですねって言って、自分の水筒を取り出して手のひらに水をためて馬に飲ませながら、一緒に歩いてくれて…。その方には本当に感謝しています」(鈴木さん)

 当時、この近辺で馬運車を動かせたのは、乗馬クラブクレイン仙台泉パークタウンだけだった。この日、命拾いした馬を運ぶためにクレインの馬運車が来ることになっていた。雪が舞い散る中、傷ついた馬とともに2、3時間、馬運車到着を待った。

「その間、ダメ元で餌屋さんに電話したら、持っていってあげるって、瓦礫の中、餌を運んでくれて…。獣医さんにも電話が繋がって、大きな体の人なんですけどスーパーカブに乗って、2頭のために点滴など必要なもの全部持ってきてくれて、処置をしてもらいました」(鈴木さん)

 九死に一生を得たアドマイヤチャンプとトニーザプリンスは、到着した馬運車でクレイン仙台泉パークタウンに運ばれた。厳しく辛い数日間を耐え抜いた2頭は、疲れ切ったその身を馬房の中に置くことができた。そして、本格的な治療が始まったのだった。(つづく)

(取材・文:佐々木祥恵、写真:ホーストラスト北海道、佐々木祥恵)



※NPO法人 ホーストラスト北海道
〒045-0024
北海道岩内郡岩内町字野束463番地の1
TEL:0135-62-3686
FAX:0135-62-3684

見学期間 3〜4月以外見学可(8月10日〜20日は不可)
見学時間 夏期10:00〜15:00、冬期13:00〜15:00

訪問する際には必ず事前連絡をしてください。

ホーストラスト北海道HP
http://www.horse-trust.jp/hokkaido.html
ホーストラスト北海道Facebook
https://www.facebook.com/horsetrusthokkaido


※ベルステーブル
〒982-0241
宮城県仙台市太白区秋保町湯元字青木33-1
森林スポーツ公園内
TEL:080-5733-2611
火曜日定休

ベルステーブルHP
http://www.bell-stable.com/
ベルステーブル
https://ja-jp.facebook.com/bellstable

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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