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エスパーがいなかったら、すごく寂しがるアルファキュート/動画

  • 2015年08月25日(火) 18時00分
第二のストーリー

▲現役時代の馬主さんに今も見守られているアルファキュート


育成牧場で大怪我をして、一時期は競走馬にはなれないといわれたアルファキュート



 かつてエリザベス女王杯(GI)へのステップの1つにサファイヤS(GIII)というレースがあった。施行時期は9月から10月初旬。1996年、3歳牝馬限定のGI競走、秋華賞が新設され、10月に行われていたローズS(GII)が秋華賞トライアルとして9月に繰り上がり、それに伴ってサファイヤSは1995年に廃止された。

 そのサファイヤSを1993年に優勝したのが、今年25歳になったアルファキュートだ。引退後は生まれ故郷、新冠町の秋田牧場で繁殖牝馬として産駒を送り出してきたが、現在は栃木県那須町にある貴悦牧場で余生を送っている。貴悦牧場は数年前まで育成も行っていて、牧場内には馬場や放牧ができるパドックも設置されている。現在はアルファキュートとアルファエスパーという、2頭の牝馬がのんびりと暮らしている。

 上品な物腰で出迎えてくれた貴悦牧場代表の近藤悦子さんは、愛馬たちのこと、調教師や牧場関係者とのエピソードを、それは楽しそうに語ってくれた。現在88歳の近藤さんは20代の頃に新橋で料亭を経営していたこともあるといい、馬主になったのは昭和28(1953)年頃で、大井競馬場で所有馬を走らせたのが最初だった。のちに中央競馬の馬主資格も取得し、現在に至るまで長きに渡って競走馬を所有してきた。

 近藤さんがビッグタイトルを獲れるのではないかと期待した1頭に、アルファジェス(牡・父リィフォー)という馬がいる。ジェスの母フジノシャークは、近藤さんが競走馬として所有していたが、脚が曲がっていたために故障する可能性があった。預けていた大井競馬の調教師から「父がシルバーシャークで血統が良いし、早めに繁殖に上げた方が良い」と助言を受け、北海道新冠町の秋田牧場で繁殖となった。そのフジノシャークの3番仔が、アルファジェスだった。4歳(旧馬齢表記)秋の菊花賞トライアル・京都新聞杯(GII)に出走したアルファジェスは、直線でニシノライデンとゴールまで壮絶な叩き合いを演じ、アタマ差敗れはしたものの、菊花賞(GI)の有力馬の1頭に目されるようになった。

「シンボリルドルフを脅かすのは、ジェスじゃないかと言われていたのよ」

と近藤さんは当時を回想する。けれども故障のため、アルファジェスの菊花賞出走は残念ながら叶わなかった。

 その後フジノシャークは、北九州記念(2着)や小倉記念(3着)で好走したアルファローズ(父ハイセイコー)や、菊花賞3着のアルファレックス(父タケシバオー)など、重賞級の産駒を次々に輩出している。

 そしてフジノシャークの10番仔として1990年5月3日に誕生したのが、アルファキュートだった。

「キュートは育成牧場で大怪我をして、一時期は競走馬にはなれないと言われていましてね。それでデビューも遅れました」(近藤さん)

 大怪我を乗り越えたアルファキュートは、兄姉たちと同じ松永善晴厩舎から1993年1月にデビューして、4戦目の4歳未勝利で初勝利を挙げている。忘れな草賞(OP)3着、スイートピーS(OP)3着と、オークス出走は叶わなかったが、夏の小倉では2勝して、その勢いのままサファイヤSに駒を進めた。このレースは発表こそ良馬場だったが、午後から降り出した雨の影響で、メーンレースを迎える頃には馬場状態はかなり悪化していた。その中でアルファキュートは悪い馬場をもろともせず、難なく逃げ脚を伸ばした。4コーナー手前では、ケイウーマンが1度は同馬に並びかけているように、道中は大逃げを打っていたわけではない。けれども、ケイウーマンの反撃も4コーナーまでだった。直線に入るとアルファキュートとケイウーマンの差はどんどん広がっていき、結果的にケイウーマンに7馬身差をつける圧勝劇となった。ちなみに他馬は、この2頭からさらに遅れ、2着馬と3着馬の差が7馬身、以下7馬身、5馬身、3馬身、2馬身、3馬身半、9馬身、3馬身、9馬身、1馬身と、平地とは思えないほど、各馬がバラバラにゴールインするという珍しい着差でのレースだった。

 その後アルファキュートは骨折休養を経て、1995年の中山牝馬S(GIII)ではホクトベガ以下を抑えて逃げ切り、見事に復活を果たす。だがこのレースで燃え尽きたのだろうか。以降、重賞やオープン特別に出走しても良績を残せず、1996年の中山牝馬Sの10着を最後に現役を引退した。

 貴悦の勝負服は緑地に星マークがあしらわれているが、馬房にも星マークが描かれいる。その馬房の1つにアルファキュートがいた。ご飯の時間と重なったため、最初は飼い葉桶から顔を上げてくれなかったが、ひと段落を着いた頃にこちらに興味を示してくれた。クッキリとした瞳が、牝馬らしさを醸し出している。名前通りにキュートな瞳だ。アルファキュートの隣の馬房には、24歳になるアルファエスパー(牝)がいる。アルファキュートより1つ年下で、17戦4勝と準オープンクラスまで出世した馬だ。

第二のストーリー

▲勝負服と同じように星マークがかかれている馬房が奥に見える



「たまに2頭の写真を撮ったりもしますね。キューちゃんとかエスパーとか呼んでね(笑)。2頭とも活躍してくれましたしね、北海道からこちらに連れてきて、可愛がってあげているのよ。キュートは重賞を勝ってくれましたし、1番思い入れがありますよね。あと(アルファ)ジェスですね。ウチで種牡馬にして、この馬も可愛がりましたよ。もう亡くなってしまいましたけどね。ジェスは馬房の中で、左右に動いて舟ゆすりをする馬でした。この血統はみんなそう。キュートもそういうところがありましたね」

 と話す近藤さんの表情は優しかった。

 普段、世話をしている中道裕介さんによると、アルファキュートは「臆病な性格」だという。

「ちょっと物音しただけで、怖がります。レースでも逃げていまたけど、臆病なので逃げしかないという、そういう感じだったと思います。今は年も取って来て、ボーッとしていますけどね」(中道さん)

 また隣同士のキュートとエスパーは、性格が全く違う。

「エスパーがいなかったら、キュートはすごく寂しがりますね。エスパーは、キュートを威嚇するんですけどね(笑)エスパーはキュートと1歳しか違わないのに、性格的に若いんです。デビュー前の2歳馬を相手にするみたいな感じで、装蹄師さんも手こずるくらい元気です。キュートとは真逆の性格ですね。キュートは何も特別なことがなければ、静かにしています。扱いやすい馬ですね。ただこの人は怖いと1度思うとダメですね(笑)。捕まえられなくなってしまいます」(中道さん)



 25歳と高齢の域に入ってきたアルファキュートだが、食欲もあり、まだ固い物も噛むことができる。健康状態は良好のようだ。

「あとはこちらが、怪我をさせないように気をつけるだけですね。広い放牧地で走り回って怪我をする心配があるので、普段の放牧はサンシャインパドックにしています。怪我と病気が怖いですからね」という中道さんは、特に夏の暑い時期は体調を崩さないか心配で、2頭から目が離せないようだ。

 最後に昨年暮れに起きたハプニングについて、近藤さんは教えてくれた。

「2頭の写真入りの年賀状を作るのに放牧地に出して写真撮影をしていたら、2頭で外に出ていっちゃったのよ。厩舎に戻らないで道路に出て走っていったものだから、皆で慌てちゃってね(笑)。よその家の畑に入ってしまって。捕まりましたから良かったですけどね」

 このエピソードを話す時の近藤さんの表情が本当に嬉しそうで、キュートとエスパーの2頭は、オーナーの深い愛情に包まれて那須の地で過ごしているのだと、改めて実感したのだった。

(取材・文・写真:佐々木祥恵)


※アルファキュートは見学可です。

貴悦牧場
〒325-0302 栃木県那須郡那須町高久丙4618
電話 0287-77-1325
FAX 0287-77-1326

展示時間 9:00〜17:00
休日日曜(見学対応は可能)

見学の前日まで事前連絡をお願いします。

引退名馬のアルファキュートの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1990102618
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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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